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2001年10月 の記事一覧

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垣内哲也

垣内 哲也(かきうち てつや、1970年6月6日 - )
和歌山県出身の元プロ野球選手(外野手)。


来歴・人物
1988年、プロ野球初の分校出身者選手として西武にドラフト3位で捕手として指名され入団。強打・俊足の持ち主で、「秋山二世」、「和製大砲」と呼ばれる。正捕手・伊東勤の存在で出場機会に恵まれなかったが、1990年にファームで頭角を現す。

1993年には1軍定着を果たし、1994年から強打を生かす為、外野手にコンバートされた。1996年に左翼手としてレギュラーに定着し、28本塁打を放つ。翌1997年には清原和博が巨人にFA移籍。その穴を埋める期待をされるも、スランプや右膝の故障で不振に終わる。

1999年大砲として期されたアーキー・シアンフロッコ、グレッグ・ブロッサーら助っ人陣の大誤算と鈴木健が不振に喘ぐ中、チーム最多の15本塁打を放ち復活。以後3年連続で二桁本塁打を記録し左打者偏重のチームの中、和田一浩が台頭するまでは、唯一の右の強打者として存在感を見せた。

2002年オフ、椎木匠とのトレードで長距離打者不足に苦しんでいたロッテに移籍。2005年にはプレーオフ最終戦でチームの劇的勝利=優勝の引き金を引くヒットを放つなど、出場機会は減ったものの指名打者や代打の切り札として西武以来の勝負強さを発揮した。

2006年には開幕一軍に名を連ねるも、4月には二軍落ち。10月2日ロッテより戦力外通告を受け、引退。3月26日のソフトバンク戦で三瀬幸司投手から放ったスリーランホームランが最後の安打・本塁打となった。2軍イースタンの最終戦では4番で先発出場、これが花道となった。

引退後は六本木のステーキ店「シルクロード」の店長として勤務。又、ロッテのネットライブ中継の解説を2007年より西武1軍守備走塁コーチ補佐に就任した原井和也の代わりにつとめることになった。

2007年からはプロ野球マスターズリーグの東京ドリームスに所属している。

2010年から中日ドラゴンズの打撃コーチに就任することが内定している。
記録
日本シリーズ出場:3回(1993年、1994年、2002年)
オールスターゲーム出場:1回(1995年)
初出場 - 1991年6月18日 対オリックス13回戦・7番左翼手スタメン出場(山形県野球場)
初安打 - 1991年7月21日 対ダイエー14回戦・2回本原正治投手から(平和台野球場)
初打点 - 1991年7月30日 対ロッテ15回戦・1回荘勝雄投手から(川崎球場)
初本塁打 - 1991年10月13日 対ロッテ26回戦・3回今野隆裕投手から(川崎球場)
初盗塁 - 1993年7月16日 対オリックス13回戦(西武球場)
サヨナラ本塁打(1999年、2004年)
満塁本塁打(1995年、1999年、2000年)
100号本塁打(2001年9月30日)


背番号
39 (1989年)
63 (1989年途中 - 1991年)
33 (1992年 - 1993年)
12 (1994年 - 1998年)
55 (1999年 - 2002年)
38 (2003年 - 2006年)

エピソード
西武時代は39→63→33→12→55と5種類の背番号をつけてきた。西武時代の背番号は4度変更されたが、12番を返上した際に新しい番号は96番に変更すると発表されたが、直後に撤回され55番に変更となっており、これとロッテ時代の背番号38も含めると野球人生で都合6度の背番号変更となっている。
ロッテで使用されている応援歌の原曲はGOING STEADYの『愛しておくれ』であった。ファンに人気のあった応援歌で、引退した後もマリーンズのチャンステーマに使われている。西武時代は苗字と打球の音をもじって「カッキーン!」「ウッチーン!」と独特の声援があった。
2004年9月11日の日本ハム戦で1点を追う9回裏、二死無走者で打席に入りサードゴロに倒れ、敗戦と思われた。しかし敵失で出塁し、後続のタイムリーで生還して延長戦に突入する。そして、同点のままで迎えた11回裏の打席でサヨナラホームランを放つ。この日は選手会のストが中止となりプレーオフ進出をめぐって3位争いをしている中での試合だった。
ファームでも通算109本塁打を記録しており、一軍・ファーム双方で100本塁打以上を記録している唯一の選手である。
素質は清原以上と言われた。また、和歌山出身なので「ミカンの大器」と言われた。

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