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ブログ更新者⇒ドカント
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2001年11月 の記事一覧

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秦真司

秦 真司(はた しんじ、1962年7月29日 - )
徳島県出身の元プロ野球選手(捕手・外野手)。
現在はBCリーグ・群馬ダイヤモンドペガサス監督。


来歴・人物
現役時代
鳴門高校、法政大学から1984年ドラフト2位でヤクルトスワローズに入団。法大野球部の大先輩・関根潤三が監督に就任した1987年より、八重樫幸雄を押しのけ正捕手に定着する。

1990年、新たに就任した野村克也監督にリード・配球面で酷評され、古田敦也にその座を奪われる(開幕後数試合はレギュラーをたてるということであったが、ある試合で一死二塁、カウント0-3の場面で、セオリーから言えばストレートであるが、変化球を要求し、ストライクゾーンから外れフォアボールになった、さらに同監督から詰問されたことに対して「打ってくるような気がしたから」と答えたことが逆鱗に触れ、正捕手の座を剥奪された)。

しかし、打力と俊足を生かして外野手に転向し、右翼手のレギュラーとして活躍。91年オールスターゲーム出場、1992年の日本シリーズ第6戦では高校の後輩潮崎哲也からサヨナラ本塁打。稲葉篤紀、真中満らの台頭で控えに回った後も、貴重な左の代打として計3度の日本一に貢献した。

1992年、西武との日本シリーズで、2勝3敗で迎えた10月25日の第6戦は、シリーズ史上に残る逆転また逆転のクロスゲームの末、またも延長へ。その10回裏、秦は西武の守護神潮崎哲也から右翼席中段に見事なサヨナラホームランを放ち、このシリーズを3勝3敗のタイに持ち込んだ。ちなみに、秦と潮崎は同じ高校の先輩後輩である。

1994年10月6日、ヤクルトは神宮球場にて、対巨人最終戦を迎える。巨人が勝ち同日に中日が負ければ、巨人の優勝が決まる試合であった。7回裏に、リリーフ槙原寛己をヤクルトがとらえ、同点に追いつき、なお走者を2人残して秦が打席に立った。秦は右翼席中段に勝ち越しスリーランホームランを放った。結局ヤクルトはこの試合に勝ち、巨人と中日は10月8日の最終戦で優勝をかけてぶつかることとなった(10.8決戦)。10月7日付の朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、日本経済新聞は、秦がうなだれる槙原を尻目にダイヤモンドを回るシーン、または打ったシーンの写真を掲載した。

1999年には日本ハムファイターズ、2000年に千葉ロッテマリーンズへ移籍し、この年限りで現役引退。

引退後
引退後、2001年ロッテ二軍打撃コーチ、2002年~2004年解説者を経て、2005年~2006年中日ドラゴンズ捕手コーチ、2007年は東北放送・NHK(MLB)解説者を務めた。

2008年、BCリーグに新加入した群馬ダイヤモンドペガサスの監督に就任。就任初年度にチームを上信越地区の後期優勝と年間優勝に導いた。

パンクラスに練習生として稽古に行ったことがある。

個人記録
通算1000試合出場 1996年8月16日(336人目)


背番号
26(1985年 - 1998年)
3(1999年)
31(2000年)
77(2001年)
82(2005年 - 2006年)
88(2008年 - )

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