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木塚敦志

木塚 敦志(きづか あつし、1977年7月19日 - )
横浜ベイスターズに所属するプロ野球選手(投手)。



経歴

プロ入り前
1984年、小学2年生のとき野球を始める。1992年、地元の浦和学院高等学校に進学し野球部に入部。森士監督の勧めで投球フォームをサイドスローに改造すると頭角を現し、1994年、夏の甲子園に出場した。二回戦で新潟県の中越高校と対戦し、相手エース穐谷正人と投手戦を繰り広げたが、9回裏に穐谷にタイムリーを打たれてサヨナラ負けを喫した。

1995年、明治大学に進学し、野球部に入部。上級生であった川上憲伸、小笠原孝らの薫陶を受け、エースに成長した。1998年の六大学野球リーグ春季大会ではクローザーとして優勝に貢献。秋期大会では先発に転向し東京大学を相手に明大投手としては星野仙一以来のノーヒットノーランを達成した。明大は全日本大学野球選手権大会にも出場(二回戦敗退)。さらに木塚は日米大学野球日本代表にも選出された。

プロ入り後
2000年
ドラフト2位で横浜ベイスターズに入団、3月31日の開幕戦(対阪神)で10回から登板すると、いきなり初勝利をあげた。前年に米大リーグ・シアトル・マリナーズへ移籍した佐々木主浩に代わり、ルーキーながら抑えに抜擢されると、7勝3敗18セーブ、防御率2.89の好成績を残して佐々木の穴を埋めた。

2001年
抑えの座を斎藤隆に譲るも、セットアッパーとして69試合に登板。防御率2.48、9勝3セーブを挙げ、最優秀中継ぎ投手のタイトルを受賞した。

2002年
2年間で115試合に投げた疲労から腰痛に悩まされ、登板数は36とほぼ半減し防御率も悪化、後半戦には二軍降格となった。また、同年より車椅子の寄贈活動を開始。

2003年
28試合登板にとどまり、防御率も4点台と悪化した。

2004年
無理に三振を狙わない投球に切り替えたことが奏功し、2年連続の不振から脱出、52試合に登板し防御率3.46と復活。この年から4年連続50試合以上登板を続ける。

2005年
チームトップの58試合に登板し、6勝5敗、防御率2.44を記録。木塚・川村丈夫・加藤武治・マーク・クルーンのリリーフ4本柱は、4人合計で215試合登板・防御率2.74の好成績を記録し「クワトロK」と名づけられた。

2006年
二段モーション禁止の影響により思うような投球ができず、防御率も前年度より悪化したが、それでも59試合に登板した。

2007年
リーグ2位で球団史上最多の76試合に登板し、防御率3.06、中継ぎの柱としてチームトップの29ホールドを挙げた。大矢明彦監督によって右のワンポイントリリーフでの起用に限定されたため、イニング数は試合数の半分以下だった。7月8日、広島戦で木塚の登板中にチームが勝ち越したが、勝利投手になれなかった。7月20日にはオールスターゲームに初登板。第1戦で4回に4番手として登板し、3者凡退に抑えた。10月3日読売ジャイアンツ戦で年間登板回数の球団記録を更新。10月8日東京ヤクルトスワローズ戦で423試合連続リリーフ登板のセ・リーグ記録に並ぶ。

2008年
前年76試合に登板した勤続疲労により右肩痛を発症、成績も振るわず、5月8日に2003年以来の二軍降格となった。その後はリハビリに終始し、結局一軍に上がること無くシーズンを終えた。登板数は入団以来最少の16試合に終わった。

2009年
開幕は二軍でスタートしたが、5月12日の読売ジャイアンツ戦に8回から登板しアレックス・ラミレスを三振に打ちとって約一年ぶりに一軍登板を果たした。5月27日の北海道日本ハムファイターズ戦では、2008年4月1日の東京ヤクルトスワローズ戦以来の勝ち星を挙げた。

人物・プレイスタイル
極端な前傾姿勢から体を左右に揺らしながらノーワインドアップで振りかぶり、サイドスローからキレのある直球とスライダー、シンカー、カーブ、シュートを投げる。気迫を前面に押し出すタイプで、ピンチの場面で打者を抑えた時は豪快なガッツポーズを見せる。また、登板の際にはルーティンワークとしてジャンプ・股割・マウンドを掘るという動きを見せる。特に土を掘る作業は気合を込めがしがしと掘る。

プロ入り以降すべてリリーフで登板しており、先発経験は一度も無い。セ・リーグ連続救援登板の記録保持者であり、継続中。

本名は「木塚 敦士」。明治大学時代に「気持ちを入れたピッチングをしたい」と言う理由で登録名を「敦志」に変更。

タイトル・表彰・記録
最優秀中継ぎ投手賞 2001年
月間MVP 2001年 7月
JA全農Go・Go賞 2001年7月(救援賞)
75試合登板以上(2007年)
70試合登板以上(2007年)
65試合登板以上(2001・2007年)
60試合登板以上(2001・2007年)
55試合登板以上(2001・2005年~2007年)
50試合登板以上(2001・2004年~2007年)
オールスター戦出場。監督推薦(2007年)
オールスター戦 初登板-2007年7月20日(金)中継ぎで4回から。
オールスター戦 初奪三振-2007年7月20日(金)4回オリックス・バファローズ タフィ・ローズ選手から
350試合登板達成:2007年4月4日(水)
400試合登板達成:2007年8月11日(土)
セ・リーグ新記録の440試合連続救援登板中。(2008年終了現在)

初記録
初登板・初勝利:2000年3月31日、対阪神タイガース1回戦(横浜スタジアム)、10回表に救援登板・完了、1回無失点
初奪三振:同上、10回表に矢野輝弘選手から
初セーブ:2000年4月4日、対広島東洋カープ1回戦(広島市民球場)
初ホールド:2005年4月2日、対中日ドラゴンズ2回戦(ナゴヤドーム)

高校・大学時代の戦績・記録
1994年 - 第76回全国高等学校野球選手権大会
1回戦、対姫路工高戦、4対3で勝利。(登板せず)
2回戦、対中越高戦、0対1で敗戦。(8回2/3投球回 6被安打 6奪三振 1与四死球 1自責点)
1999年 - 秋季東京六大学リーグ対東大戦でノーヒットノーラン。




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