SEO対策:プロ野球SEO対策:野球選手SEO対策:セリーグSEO対策:タイガースSEO対策:阪神
FC2ブログ
ブログ更新者⇒ドカント
-阪神タイガース最高 ただの野球好き[専ら観戦]です。
基本タイガースファンですが全体的に好きなんでどんな話&ネタでもドンドンコメントetcよろしくです。
mixitwitter

桟原将司

桟原 将司(さじきはら まさし、1982年8月21日 - )
阪神タイガースに所属するプロ野球選手(投手)。
背番号は40。
プロ初登板から116連続試合無敗の日本プロ野球記録保持者。


経歴

プロ入り前
大阪府大阪市大正区出身。大阪桐蔭高校では、後にプロでチームメイトとなる岩田稔、中村剛也の1年先輩、西岡剛の2年先輩だった。高校卒業後は社会人野球の新日鐵広畑に入社。スリー・クォーターに投法を変えた事で制球が安定し球速も増した。2003年には最速150km/hの速球やスライダーを武器にエースとしてチームを5年ぶりとなる第74回都市対抗野球大会出場に導いた。同年秋のドラフト会議で阪神タイガースから4巡目で指名され入団。

プロ入り後
2004年は新人ながらリリーフ陣の一角として44試合に登板。夏場は成績を落としたものの、9月以降は持ち直して防御率3.48を記録するなど即戦力として活躍。

2005年は前年不調だった夏場は好調だったものの、9月以降失速し登板数は大きく減少。しかし、9月6日には中日ドラゴンズ戦で日本プロ野球史上14度目、セ・リーグ史上9人目、球団史上石川緑以来2人目となる3者連続3球三振を記録。ウエスタン・リーグでは主に抑えとして21試合に登板、防御率2.29、リーグトップの12セーブを記録した。JFKに対して、橋本健太郎、江草仁貴らと併せてSHEと命名された。同年の日本シリーズでは第3戦で初登板したが、福浦和也に満塁本塁打を浴びるなど打者4人に対し一死も取れずに降板。以後シリーズでの登板がないため、2008年シーズン終了時点で日本シリーズにおける防御率は不定である。

2006年はシーズン初登板となった5月5日の横浜ベイスターズ戦で打ち込まれ二軍降格。二軍での成績も芳しくなかったが、セ・パ交流戦後の7月に一軍昇格すると14試合に登板して防御率1.10と好投した。

2007年は二軍で25試合に登板して防御率1.82を記録したが、一軍では苦手とする左打者に対する被打率が4割を超え、登板機会もほとんど敗戦処理で終わった。

2008年は二軍でも精彩を欠き一軍での登板機会は無かった。

2009年7月に2年ぶりとなる一軍昇格。9月21日の横浜戦で救援登板し、清川栄治を抜いて初登板以来115試合連続無敗のプロ野球新記録を樹立した。しかし10月3日の東京ヤクルト戦で鬼崎裕司にプロ初ホームランを献上し敗戦投手となり、初登板以来の連続無敗記録は116試合でストップした。

プレースタイル
サイドスローに近いスリー・クォーターから最速150km/h超の速球とスライダーを軸に、短いイニングを力でねじ伏せる投球が特徴。緻密な制球力は持ち合わせていないものの、四死球は少ないことも持ち味。

多くの右サイド投手同様に左打者を苦手とする傾向があり、2007年シーズン前にはオーバースローへの転向を試みたりシンカーの習得に励むなど試行錯誤をしているが、改善は見られていない。

人物
ハナ肇とクレージーキャッツのハナ肇の兄は桟原の祖父で、桟原から見ればハナは大叔父となる。

背番号
40 (2004年 - )

記録
初登板:2004年4月28日、対横浜ベイスターズ4回戦(阪神甲子園球場)
初奪三振:同上、6回表にタイロン・ウッズから
初勝利:2004年6月24日、対広島東洋カープ12回戦(阪神甲子園球場)
初セーブ:2004年6月29日、対読売ジャイアンツ16回戦(同上)
初ホールド:2005年9月23日、対広島東洋カープ20回戦(倉敷マスカットスタジアム)



>>もっと面白い球界裏情報や面白ブログはここでチェック



ランキング参加中ですクリックのご協力お願いします
にほんブログ村 野球ブログ 阪神タイガースへ野球愛ランキング

COMMENT

管理者にだけ表示を許可する

TRACKBACK

トラックバックURL:

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

« | HOME |  »

cork_board template Designed by ARCSIN WEB TEMPLATES
TMP Customized by I'm looking for.