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根元俊一

根元 俊一(ねもと しゅんいち、1983年7月8日 - )
千葉ロッテマリーンズに所属するプロ野球選手(内野手)。


来歴

プロ入り前
花咲徳栄高で3年のときに主将としてチームを牽引して甲子園本大会に出場。

東北福祉大学へと進学して、2004年の第53回大学野球選手権で1番打者として優勝に大きく貢献した。6月16日の決勝では日本大学の先発・那須野巧(現横浜ベイスターズ)から3打数1安打という成績を残している。

2005年、千葉ロッテに大学・社会人ドラフト3巡目で指名を受け入団。

プロ入り後
打席に立つ時の登場曲は羞恥心の「羞恥心」。

2006年
5月10日に初めて一軍に昇格し、翌日に代走で初出場。5月12日に「9番・二塁手」で初めてスタメン出場。ノーヒットだったが、翌日は休養の西岡剛に代わり「1番・遊撃手」でスタメン出場。この日も4打数ノーヒットであったが、初安打よりも先に敬遠されてしまうという面白い事態が発生した(後述)。さらに翌日の試合で黒田博樹からプロ初安打。その後31試合に出場したが打率1割台、三振率は4割を超えるなど結果を残せず、昇格してからちょうど1か月後に二軍落ちした。
二軍では左方向への安打を量産し、打率.343でイースタン・リーグ首位打者を獲得し、1年目から二軍の主力選手として活躍した。二塁打24本も同リーグ1位。11盗塁を決めたが盗塁失敗12回も記録してしまった。
2007年
「9番・二塁手」で初の開幕戦スタメン出場を果たす。プロ初本塁打を打ち、打率.266とまずまずの成績を残していたものの、二塁のレギュラーには青野毅が定着してしまい、青野の離脱後はホセ・オーティズが二塁のレギュラーになってしまったため、怪我の影響もあり結局この年も一軍定着はならなかった。
二軍では規定打席には到達しなかったものの、打率.383と引き続き高打率を記録した。
2008年
春先から好調を維持し、初のサヨナラ安打やランニングホームランも記録。出場試合数も110試合と増加。打率は3割台前半を推移してたが8月に調子を落とし、最終的には.296と3割を切ってしまった。しかし、トータルではプロに入ってからは最高となる成績を収めた。

タイトル・表彰・記録

タイトル・表彰
フレッシュオールスター戦出場:2006年(スタメン「2番・ショート」、4打数1安打1打点)
ファーム首位打者:2006年(.343)
マリーンズルーキーオブザイヤー:2006年

記録
初出場:2006年5月11日、対阪神タイガース2回戦(阪神甲子園球場)、9回表にベニー・アグバヤニの代走として出場
初安打:2006年5月14日、対広島東洋カープ3回戦(千葉マリンスタジアム)、3回裏に黒田博樹から左翼線へ二塁打
初打点:2006年5月17日、対横浜ベイスターズ2回戦(横浜スタジアム)、3回表・ジェイソン・ベバリンから左前適時打
初盗塁:2006年8月20日、対北海道日本ハムファイターズ15回戦(千葉マリンスタジアム)、3回裏に二盗(投手:金村暁、捕手:高橋信二)
初本塁打:2007年6月19日、対読売ジャイアンツ3回戦(東京ドーム)、7回表に木佐貫洋から右越2ラン
初サヨナラヒット:2008年4月13日、対北海道日本ハムファイターズ6回戦(千葉マリンスタジアム)、10回裏に武田久から左前適時打

背番号
32(2006年 - )

人物・エピソード
印象的な活躍と、俳優の要潤や金子昇に似た甘いマスクから高い人気を得ている。
2006年5月13日の千葉マリンでの広島戦、10回裏二死二塁の場面でプロ初安打よりも先にプロ初敬遠されてしまう。結果的には次打者の渡辺正人が死球で歩き、3番の福浦和也がサヨナラタイムリーを打ち勝利した。
2006年5月25日の千葉マリンでの試合、9回表の無死三塁で一打同点の場面。ここで、阪神の4番・金本知憲のセンター前に抜けるような当たりを前進守備だったにも関わらずセカンドの根元はダイビングキャッチで好捕。このとき、一塁に送球する前にずれた帽子を一瞬で直すという新人離れの余裕を見せる(根元自身は無意識だったと話している)。このプレーをきっかけに小林雅英は立ち直り、3-2で勝利した。このプレーは光プレーなどプロ野球の好珍プレー番組で何度か紹介された。
2006年5月27日の東京ドームでの巨人戦に代走から途中出場。10回表・無死で一塁走者に西岡剛の場面で打席につく。ボビーバレンタイン監督からバスターエンドランを指示されると、巨人福田聡志が低めに落としたストレートにさばくように喰らいつきセンター前に弾きかえし、一、三塁の場面を作った。この後、福浦が見事に決勝タイムリーを放って4-6で勝利した。本人の最も印象に残っている試合・プレーとしてあげている[1]。
俊足巧打が目立つが、プロ入り初ホームランは東京ドームの上段に入るものだった。
左方向への当たりが多いのが特徴。2006年3月26日オープン戦で初安打を打った試合でレフト前ヒットを2本打ち、5月14日黒田博樹から打った一軍初安打もレフト線の二塁打、5月17日プロ初打点を挙げたときもベバリンからレフト前ヒットを打った。
応援歌は平井光親から受け継いだものである。誤解が多いが「アルプスの少女ハイジ」のOPテーマ曲「おしえて」ではなく、サロニー作曲「The Alpine Milkman(邦題:山の人気者)」が原曲である。
高校生時代、チームのキャプテンであるだけではなく学校の生徒会長でもあった。
タレント・俳優の野久保直樹とは雑誌のインタビューがきっかけで交友関係がある。その縁からか、2008年5月上旬からシーズン終了まで千葉マリンスタジアムでの打席登場曲に羞恥心のシングルを使用した。
2008年に姓が同じ読みの根本朋久が入団したため、「ねもとしゅんいち」とアナウンスされている(スコアボード表記は「根元」のまま。千葉マリンでのベンチ入りメンバー紹介の時だけ「根元俊」と表記。ちなみに根本朋久は「根本朋」と表示される)。
2008年7月11日、ビジターでの楽天戦で球団新記録となるチーム今季4本目のランニングホームランを放ち、こちらも球団新記録となる高卒ルーキー5勝目をあげた唐川侑己と共にヒーローインタビューを受ける。
野球を始めたきっかけは、母親がミロで景品として当てたサッカーボールとグローブを部屋に置いたら彼自身がグローブを選んだ事にある。ただしこれは彼の物心がつく前の出来事だったので、本人は覚えていないらしい。

アマチュア時代の戦績・記録
2001年 - 全国高等学校野球選手権大会2回戦敗退
2004年 - 全日本大学野球選手権大会優勝

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