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河原純一

河原 純一(かわはら じゅんいち、1973年1月22日 - )
中日ドラゴンズに所属するプロ野球選手(投手)。


経歴

プロ入り前
川崎北高から駒大に進み、東都大学野球連盟の新記録となる3度の最高殊勲選手に輝くなどエースとして活躍した。リーグ通算53試合に登板し23勝10敗、防御率1.66、258奪三振。最優秀投手に2度、ベストナインに2度選ばれた。また、2年次の第21回日米大学野球から3年連続で日本代表に選出され、全日本大学野球選手権を制した4年次には全日本アマチュア野球王座決定戦で社会人王者の日本通運を破って最高殊勲選手に選ばれ、日米大学野球でも最優秀投手となった。

1994年のドラフト会議で読売ジャイアンツから1位指名を受けて入団。福岡ダイエーホークスとの大争奪戦の末の入団だった。武器はキレのあるストレートを主体に、多彩な変化球。制球力も高く当然活躍が期待されていた。

プロ入り後
1995年は、右肘側副靱帯断裂で離脱した桑田真澄をカバーする形で先発陣に入り、ルーキーながら8勝、2000年はシーズン途中から先発入りし、3試合完封勝利するなどの成績を挙げていたが、私生活のトラブルに加え度重なる故障などで期待された成績を残せなかった。

2002年に原辰徳監督が就任するとストッパーに抜擢され、28セーブを記録。巨人のリーグ優勝・日本一に大きく貢献。その年オールスターゲームにファン投票で選出され、日本シリーズでは胴上げ投手になった。

当時の投球フォームが2段モーションであったためか、ランナーを出したときのフォームが極端に安定しない弱点が2002年シーズン後半から徐々に見え隠れしており、翌年以降は救援失敗を繰り返す。

2005年3月27日に、後藤光貴との交換トレードで、セ・リーグ開幕直前の巨人からパ・リーグ開幕直後の西武ライオンズへ移籍。

西武では再び先発を担当し、移籍直後の4月9日の対ソフトバンク戦(福岡Yahoo!JAPANドーム)で移籍後初勝利を挙げると、6月11日のセ・パ交流戦(東京ドーム)で古巣巨人相手に勝利投手となった。

2005年は好投しても援護に恵まれないケースが多く、後半に調子を崩して大きく負け越したが、計算できるローテーションの一角としてチームに貢献した。しかし、シーズン終了直前の福岡ソフトバンクホークス戦で右ひざ靭帯を損傷し、オフに手術を受ける。2006年は手術の影響により1軍登板はなかった。

2007年は、2度先発登板したものの0勝2敗で防御率12.19と不振で、オフに球団から戦力外通告を受けた。その後11月17日に第1回12球団合同トライアウトに参加するも獲得球団はなかった。

12月に浪人を決意し、母校駒澤大学で翌年のトライアウトに向けてトレーニングを行なった。この間にヒザの故障を完治させている。また、駒大の先輩の経営する岡山県のジムに通い、患部を鍛えたという。駒大の先輩である森繁和と連絡をとり、2008年10月に中日ドラゴンズの入団テストを受け合格。1年ぶりの現役復帰を果たした。

2009年5月15日に2年ぶりに1軍に昇格。5月24日の日本ハム戦に2番手として登板し1回を0点に抑え、初ホールドを記録。以降は中継ぎとしてチームを支え、7月10日の対広島東洋カープ戦(ナゴヤドーム)で、2005年6月11日以来となる勝利を挙げた。このシーズンは15ホールド・防御率1点台と「復活」と呼ぶに相応しい結果を残した。

人物
高校時代、対厚木高校戦で川村丈夫と延長16回の投手戦を演じている。

マウンド上ではめったに表情を崩さないポーカーフェイスであるが、大学時代の太田誠監督の教えによるものである。

1996年6月16日には遠征先でホテルの門限を破ることが続いたためチームから罰金を科されているが、後に原監督が「こっちが心配になるくらい外出をしない」と著書の中で述べている。

長らくの間、河原自身の希望で合宿所住まいをしていた。中日と正式契約前も、合宿所「昇竜館」に入っていたが、正式契約後、他所に引っ越した。


個人記録
初登板・初先発:1995年6月3日、対広島東洋カープ9回戦(東京ドーム)
初奪三振:同上、1回表に小早川毅彦から
初勝利・初完投・初完封:1995年7月9日、対阪神タイガース14回戦(東京ドーム)
初セーブ:1997年6月11日、対横浜ベイスターズ10回戦(横浜スタジアム)
初ホールド:2009年5月24日、対北海道日本ハムファイターズ1回戦(ナゴヤドーム)

背番号
15 (1995年 - 2005年途中)
12 (2005年途中 - 2007年)
60 (2009年 - )



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