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山井大介

山井 大介(やまい だいすけ、1978年5月10日 - )
中日ドラゴンズに所属するプロ野球選手(投手)。


プレースタイル
最速151km/hの直球、スラーブ気味に縦へ大きく変化するスライダー、フォークボール、シュートを投げ分ける。

先発も中継ぎも出来る。能力の高さは落合監督はじめファンの多くも認めるところだが、怪我が多く一年を通して活躍したことはない。

先発としては長い回を無失点に抑える試合もあれば、同じチームに序盤で大量失点を喫して降板する等、安定した投球をできないのが課題の1つである。

来歴

プロ入り前
大阪府豊中市出身。少年時代はボーイズリーグの「箕面スカイラーク」に所属。神戸弘陵学園高等学校時代には後にプロでチームメイトとなる玉野宏昌と同級生だった。その後奈良産業大学を経て、社会人野球の河合楽器に入社。

2001年の第72回都市対抗野球大会の準決勝で勝利を挙げるなど、同社の初優勝に貢献する。しかし同年限りで野球部が休部したため、社会人1年目だが特例措置でドラフト対象となり、秋のドラフトにおいて中日ドラゴンズから6巡目指名を受け入団。なお、同僚の久本祐一も4巡目指名で入団している。

プロ入り後
ルーキーイヤーの2002年、オーバースローとサイドスローを併用する変則投法で、新人ながらシーズン31試合に登板、6勝(3敗)を挙げた。

2003年は、サイドスロー固定を図ったが、逆にフォームを崩してしまいシーズン4試合の登板に終わる。しかし、ウエスタン・リーグでは最多勝を獲得。

2004年シーズン後半、オーバースローに固定して一軍に復帰、9月12日の広島戦で初完封勝利を記録。なお、首脳陣はこの日の先発投手を長峰昌司とのじゃんけんで争わせ、パーの長峰に対してチョキを出した山井が勝った。この一件から山井は“ジャンケン男”と呼ばれている。同年の日本シリーズ第4戦において、高速スライダーを主とした投球で西武相手に無失点の快投をした。

2005年シーズン中は一軍と二軍を行き来。序盤は先発登板が多かったものの結果を残せなかったが、後半戦では主にリリーフに回り、抜群の安定感を発揮した。

2006年、右肩の痛みから初めて一軍登板無しに終わった。同年オフ、幼馴染との結婚を発表。ちなみに結婚相手は、山井の父親が監督であり山井自身も所属していた少年野球チーム「大阪ドラゴンズ」のマネージャーだった。

2007年は、山本昌の不調から先発ローテーションの一角を任されるが、援護が少なく長らく勝ち星から見放されていた。また、序盤から突然崩れることも目立ち、波に乗れなかった。8月21日の対巨人戦に登板し、またも初回からピンチを招くが、1失点で切り抜けるとその後は無得点に抑え、2年ぶりとなるシーズン初勝利を挙げた。その後は調子も安定し、まれにみる巨人および阪神との三つ巴の優勝争いの中、9月には登板5試合で4勝1敗、防御率3.00の好成績を上げ、自身初のセ・リーグの月間MVPを受賞した。2007年のクライマックスシリーズでは第2ステージ第1戦での先発予定も右肩痛再発のため回避したが、日本シリーズでは第5戦に登板し、8回を完全に抑えた。先発投手の8回パーフェクトピッチングは日本シリーズの新記録(過去の最高記録は村山実(阪神)、佐々岡真司(広島)が樹立した7回1/3)である。また、9回に降板して、守護神岩瀬が登板して三者凡退で抑えたことで、レギュラーシーズン中も含めて史上初の継投による完全試合を達成。しかし、山井から岩瀬への継投を行った落合監督の采配については、スポーツマスコミ、野球評論家などを中心に賛否両論が巻き起った(2007年日本シリーズにおける完全試合目前の継投)。

2008年、前年の日本シリーズの好投もあり、活躍が期待されたがオープン戦序盤に下半身の張りを訴えて出遅れ、4月9日に選手登録された。しかし2試合に登板したのみで、右ひじ痛のため出場選手登録を抹消された。その後、クライマックスシリーズで再び1軍登録されるも不甲斐ないシーズンとなってしまった。

2009年、エースの川上憲伸(現アトランタ・ブレーブス)が抜けたことにより、先発ローテの一角を担うことが期待された。しかし、開幕一軍はならなかった。4月15日に今季初の一軍昇格。4月19日の対巨人戦に登板するも2回4失点で降板した。

人物
乱視を矯正するためのサングラスを着用している風貌がウルトラセブンにそっくりなため、ネット上ではそれがそのまま愛称となっている。また、投手ではあるが打席に入る時の音楽がウルトラセブンのテーマだった(2006年まで)。現在のテーマは『勇者ライディーン』である。父は地元の大阪府豊中市の「大阪ドラゴンズ少年野球団」の団長・総監督を務めている。

関西出身とあって、幼い頃から大の阪神ファンであり、社会人時代まで阪神タイガースの法被を着て応援に行くほどの熱狂振りであったことを公言している。ちなみに2008年10月現在、プロ入りしてから対阪神戦では1勝もしておらず、セ・リーグ球団との対戦では唯一勝ち星を挙げていない対戦球団である。

中日監督落合博満の評価は非常に高い。落合はあまり選手を褒めないが、「あれだけのものを持っているのだから」と発言している。また、シーズン前には山井の名を挙げ、「2ヶ月でも3ヶ月でもいいからやってほしい」とも発言している。

背番号
29(2002年 - )

タイトル・表彰・記録
月間MVP:1回(2007年9月)
日本シリーズ優秀選手:1回(2007年)
日本シリーズ個人投手最多連続無走者記録:24人(2007年11月1日、第5戦)
日本シリーズ個人投手先発連続無走者新記録:24人(2007年11月1日、第5戦)
日本シリーズ個人投手先発最多投球回無安打新記録:8回(2007年11月1日、第5戦)
初登板 2002年4月27日広島戦(ナゴヤD)0-14 4回より登板、1回無失点
初勝利 2002年5月8日巨人戦(ナゴヤD)2-0 先発し5回1/3無失点
初完投・初完封 2004年9月12日広島戦(ナゴヤD)2-0
初セーブ 2005年8月9日阪神戦(ナゴヤD)11-9 6回より登板




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