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阿部慎之助

阿部 慎之助(あべ しんのすけ、1979年3月20日 - )
読売ジャイアンツに所属するプロ野球選手(捕手)。2009年からは巨人選手会長。

経歴
プロ入り以前
父は実業団電電東京に所属した野球選手で、掛布雅之と習志野高校で同期。掛布とクリーンナップを組み、掛布が3番・父が4番を打ち、夏の甲子園に出場経験がある。その影響もあり、幼い頃から阪神ファンで掛布に憧れ左打ちになった。また父もポジションは捕手、中央大学と共通している。父の勧めもあり、浦安市野球協会学童部所属・軟式少年野球チーム・浦小クラブに所属。その縁で浦安市野球協会で阿部慎之助杯争奪少年野球大会を協賛している。 安田学園高校では、高校通算38本塁打。中央大学(商学部)に進学し3年生春まで東都大学2部リーグでプレーする。2部リーグ通算51試合出場、186打数58安打、打率.312、12本塁打、41打点。3年生秋にチームは1部昇格。1部リーグ通算28試合出場、92打数27安打、打率.293、5本塁打、19打点。ベストナイン1回。 2000年9月にはシドニーオリンピック野球日本代表に選ばれる。代表監督大田垣耕造は、阿部の父親とは旧知の間柄であり、招集に前後して阿部が挨拶に訪れた際に、その事を話し「阿部って、あの阿部の子かいー!」と驚かれた。 2000年11月のドラフト会議において、ドラフト1位(逆指名)で巨人に入団。なお、大学は卒業していない。

プロ入り後
2001年、読売ジャイアンツでは山倉和博以来23年ぶりの新人捕手開幕スタメンとして出場しその試合で初打席初安打初打点を含む4打点をあげる。最終的に打撃ではシーズン13本塁打をあげる。新人捕手のシーズン2桁本塁打は田淵幸一以来2人目の記録であった。しかし規定打席には6打席不足した。守備はプロの捕手としては物足りない面が見られたが、当時の巨人で村田真一に代わる正捕手の育成が急務だった事もあり長嶋監督は起用を続け、プロ野球捕手としての経験を重ねる。

2002年、原辰徳監督の元、前年の経験を生かし攻守にわたって日本一の立役者の一人となり、ベストナインとゴールデングラブ賞を獲得するなど守備でも高い評価を受ける。シーズン後半から高橋由伸の故障に伴い3番打者に抜擢され、8月の3度を含む4度のサヨナラ打を打ち、「サヨナラ慎ちゃん」と呼ばれる契機となった。この年の阿部は、巨人としては1987年山倉和博以来の捕手による規定打席に到達した。

2003年シーズン半ばでの故障もあり94試合の出場に留まる。故障前までの打撃は好調で規定打席には不足したものの打率.303を記録する。

2004年、開幕から本塁打を量産し4月中に16本を放ち、5月12日には世界記録に並ぶ「開幕33試合目での20本塁打」を記録する。この後ペースは失速し5月後半・6・7月はそれぞれ2本ずつに留まり、8月には故障もあって、最終的には33本塁打にとどまる。それでもシーズンで33本塁打は巨人所属捕手としては史上初めて30本塁打を越えた成績であり、月間16本塁打は、王貞治のそれまでの球団記録を更新し、1981年の門田博光(南海)、1994年の江藤智(広島)と並んだ日本タイ記録である。規定打席に到達した上で初めて打率3割も記録した。11月には日米野球に捕手・代打で全8試合中、6試合に出場したが、13打席11打数0安打2四球という結果だった。

2005年前年から引き続いて故障に苦しみ、特に右肩を故障した影響がスローイングに現れ盗塁阻止率が極端に低下した。打撃は好調でシーズンを通じて5番打者に定着し最終的に打率は3割を越え、出塁率と得点圏打率はチームトップの成績であった。8月23日横浜戦では、プロ入り後初めて一塁手として出場。右肩痛で捕手としての守備は難しいものの、巨人の攻撃の中心となっていたため守備の負担が少ない一塁手として出場させた。

2006年、ワールド・ベースボール・クラシック日本代表に選出されたが、前年からの故障があり出場を辞退。コンバート問題は原監督が捕手として起用することを明言し、本人も捕手継続を希望したことで解消された。シーズンでは打率が4年ぶりに3割を割り、本塁打も自己最低の10本に終わった。捕手としては自身過去最高の盗塁阻止率.443を記録。

2007年、この年からチームの主将に任命される。オールスター戦では、MVPを獲得。9月25日には33号ホームランを放ち、自身初のシーズン100打点達成。捕手登録選手のシーズン100打点達成はプロ史上4人目。またセ・リーグでは大洋ホエールズの門前真佐人以来2人目で57年ぶりの記録。守備面ではチームの失点率をリーグ最優秀にまとめた。2008年に行われる北京オリンピックの野球日本代表予選3試合に出場して13打数10安打4打点、打率.769の結果を残し、最優秀打者賞・MVPを獲得。

2008年
途中北京オリンピック出場のためチームを離れるが、キャプテンとしてチームを牽引し2年連続のリーグ優勝に貢献。しかし、優勝を決めた試合で右肩を負傷。クライマックスシリーズ・日本シリーズ出場は絶望的とされていたが、日本シリーズには主に代打として出場し、1本塁打含む打率.400と活躍。しかし西武に3勝4敗で敗北し、6年ぶりの日本一を逃す。

2009年、ワールド・ベースボール・クラシック日本代表に選出される。背番号10。第2ラウンド1組1位決定戦では、スタメンマスクをかぶった。シーズンでは前年の怪我の影響もあってかスタメンを外れたり一塁手で出場することが多くなった(その時は鶴岡一成が捕手)。また亀井義行の台頭もあり7番に多く座った。しかし9月には5試合で7本を放つなど本塁打を量産し月間MVPを受賞。リーグ2位の32本塁打、リーグ1位の長打率をマークし、3連覇に貢献した。9月18日、ヤクルト戦で巨人軍捕手として初となる通算200本塁打を達成。

プレースタイル
強肩強打を特徴とする捕手。もともとは安定した打棒を誇る中距離打者で、かつては鋭い回転からの内角打ちをチーム内外から絶賛された。近年はやや窮屈な構え(神主打法)からの長打を持ち味としている。
二塁へ送球するための所要時間も短く、素早い。鈍足だがフィールディングは俊敏。
勝負強く長打も期待でき、松井秀喜の移籍や、高橋由伸の故障などで左打者が足りないチーム事情もあって中軸をよく任されていた。小笠原道大加入後は下位打線に入ることが多くなっている。
近年は肩の故障もあり、度々一塁へのコンバートが噂されている。実際にシーズン中の故障で一塁手として出場し続けたシーズンもある。2009年にはグライシンガーとの相性からか鶴岡一成が捕手として起用されることが度々あり、その際に一塁の守備に就くことがある。
チャンスに強く、特に一打サヨナラの場面に滅法強いことから、「サヨナラ慎ちゃん」とも呼ばれることがある。
その反面最後のバッターになることも多く、シドニー五輪・北京五輪では最後のバッターになっていて第2回WBCの強化試合VS西武・VS巨人・本戦の韓国戦でも最後のバッターになっている。(巨人と韓国には代打で出場して巨人戦はオビスポのサヨナラ暴投で勝ち、韓国戦はその裏の回でコールド勝ち他の試合は負け)
各年度の月別打撃成績を見てもわかるとおり、非常にムラの激しい選手である。好調時は2004年に見せたように本塁打を量産することが多いが、いったん調子を崩すとまったくと言っていいほど打てなくなることが多い。
タイトル・表彰・記録
ベストナイン:3回(2002年・2007年・2008年)
ゴールデングラブ賞:2回(2002年・2008年)
最優秀バッテリー賞:4回(2002年・2007年‐2009年)
アジア選手権2007MVP・首位打者:(2007年)
月間本塁打日本記録タイ:16本(2004年4月29日・対ヤクルト5回戦)・神宮球場
個人記録
オールスターゲーム出場:4回(2003年・2004年・2006年・2007年)
略歴
2000年9月:中央大学在学中にシドニーオリンピック野球日本代表に選ばれる。
2001年:中央大学からドラフト1位(逆指名)で読売ジャイアンツに入団。127試合に出場。
3月30日:東京ドームでの対阪神1回戦にてプロ初出場、初安打(星野伸之から)、初打点。
4月13日:東京ドームでの対横浜1回戦でプロ初本塁打(河原隆一から)。
2002年:127試合に出場し巨人の日本シリーズ制覇に貢献。ベストナイン、ゴールデングラブ賞受賞。
2003年:94試合に出場。オールスター出場。
2004年:108試合に出場。オールスター出場。
2004年4月:月間16本塁打を記録。月間MVPを受賞。
4月9日-4月16日:6試合連続本塁打を記録。
4月28日:1試合3本塁打を記録。
2005年:130試合に出場。怪我のため一塁手としての出場も含む。
8月10日:東京ドームでの対横浜14回戦でプロ通算100号本塁打(三浦大輔から)。
8月23日:対横浜戦で、プロ入り後初めて一塁手として出場。
2006年10月18日:会社員の女性との結婚を発表した。
2007年6月9日:対楽天戦で球団史上第72代目4番打者となり、2HR5打点の活躍を見せる。
6月14日:対オリックス戦で平野佳寿からジャイアンツ球団通算200満塁本塁打となるホームランを放った。チーム200満塁本塁打はプロ野球初。
9月25日:シーズン100打点達成。捕手登録選手でのシーズン100打点はプロ野球史上4人目。
2009年5月4日:通算1000試合出場(430人目)
2009年6月8日:対楽天4回戦で通算1000本安打を達成。
背番号
10 (2001年 - )
登場曲
セプテンバー(アース・ウィンド・アンド・ファイアー、2002年-2003年、2007年-)




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