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マイケル中村

マイケル 中村(マイケル なかむら、Micheal Nakamura、1976年9月6日 - )は、読売ジャイアンツに所属するプロ野球選手(投手)。

2008年までの登録名は「MICHEAL」、2009年からは「M.中村」。

目次 [非表示]
1 プレースタイル
2 経歴
2.1 プロ入り前
2.2 プロ入り後
3 詳細情報
3.1 年度別投手成績
3.2 背番号
3.3 タイトル・表彰
3.4 個人記録
3.5 登場曲
4 脚注
5 関連項目
6 外部リンク


プレースタイル [編集]
この記事には『独自研究』に基づいた記述が含まれているおそれがあります。これを解消するためにある情報の根拠だけではなく、信頼可能な解釈、評価、分析、総合の根拠となる出典を示してください。

変則サイドスローで、2種類のカーブ(「スラーブ」と呼ばれるものと、縦に変化するもの)を投げる。
Max150km/hの直球、カーブ、スライダー、チェンジアップ、カットボール、シンカーと多彩な球種を投げ分ける。
ほぼ毎回のようにランナーを出しながらも抑える典型的な劇場型。
2009年は出ればピンチで直球が140キロ台前半、スライダー・カーブ系は真ん中に集まると言う深刻な不調に陥り、二軍で過ごすことが多かった。
経歴 [編集]
プロ入り前 [編集]
本名は「マイケル・ヨシヒデ・中村(Micheal Yoshihide Nakamura)」[1]。漢字名は「中村吉秀」。日本人の父とヨーロッパ系オーストラリア人の母をもつ。3歳の時にオーストラリアに渡り、その後メジャーリーグを目指し渡米した。メジャーリーグでは元チームメイトの新庄剛志と対戦経験がある。

2004年に日本ハムと千葉ロッテマリーンズの入団テストを受け、日本ハムがドラフト会議で4巡目に指名した[2]。入団後、登録名をMICHEALとした[3]。

外国生活が長く日本語は苦手で、普段は英語と片言の日本語で喋るため通訳を用いている。
メジャー時代、ニューヨーク・ヤンキース1年目の松井秀喜にオープン戦初安打を許した。
本人の公式ブログによると、2007年は“A.S.K”のラバーバンドを左腕につけていた。これは聖書(マタイによる福音書7章7節)の「求めよ、さらば与えられん」の略。
2006年同僚の武田久と共に「H&Mの方程式」(Hisashi & Micheal)、岡島秀樹(2006年オフにボストン・レッドソックスに移籍)も加わると「TOMの方程式」(Takeda, Okajima, Micheal)と呼ばれていた。
苦手な食べ物は納豆。
日本ハム時代は、登板する際にキャッチャーも相性の良い中嶋聡に代わることが多かった。
自身の変則的な投球フォームについては「1997年の肘の手術がきっかけでフォーム改造を迫られた結果行き着いたフォームであり、野球をやっている子供たちには絶対に参考にしてほしくないフォーム」と語っている(2008年10月号FIGHTERS magazineより)。
プロ入り後 [編集]
2005年
3月29日の西武ライオンズ戦で初登板。5月後半から22イニング連続無失点の好投を続け、抑えの横山道哉につなぐセットアッパーとして1年目から活躍した。しかし腰痛のため離脱し、後半はほとんど登板できずに終わった。32試合に登板して防御率2.31の成績を残した。

2006年
開幕から抑えに抜擢され、開幕2連戦でともにセーブを記録し、チームの12年ぶり開幕2連勝に貢献した。9月8日のオリックス・バファローズ戦で1983年の江夏豊に並ぶ球団タイ記録の34セーブ、9月27日の福岡ソフトバンクホークス戦では2002年・2003年に豊田清(当時西武)が記録したパシフィック・リーグ記録を更新する39セーブをマーク。日本シリーズでも3セーブを挙げた。

2007年
不動の抑えとしてセーブを重ね、56試合に登板して3年連続防御率2点台、34セーブを挙げた。

2008年
9月13日のオリックス戦で9回7対4のスコアから登板し、二者を四球で出すも無失点で締め、プロでは20人目となる通算100セーブ目を挙げた。通算194試合目での達成は日本人選手では当時の最速記録。

2009年
工藤隆人とともに、二岡智宏・林昌範との2対2の交換トレードで読売ジャイアンツに移籍。リリーフエースであるマイケルがトレードに出された理由については、貧打により強打者を求めていた日本ハムのチーム事情、高年俸がネックとされる。巨人では同姓の選手が存在する場合などを除きファーストネームやニックネームでの選手登録が原則認められていないため、登録名を「M.中村」に改めた。ただし巨人の公式戦を中継する日本テレビでは「マイケル」および「マイケル中村」と表記されている。移籍後初登板は4月4日に三番手として登板したが、走者2人を出した後に栗原健太、シーボルに二者連続本塁打を浴び4失点。後続の打者にも四球を許し降板となった。その後も調子は上がらず6月15日に二軍降格。7月5日に再登録されたものの8月14日に二軍降格された。10月21日クライマックスシリーズ第2ステージ初戦では3球目ブランコに対して頭部に危険球を投げて退場となり、クライマックスシリーズ史上初の危険球退場となってしまった。

詳細情報 [編集]
年度別投手成績 [編集]

度 球
団 登
板 先
発 完
投 完
封 無

球 勝
利 敗
戦 セ

ブ ホ


ド 勝
率 打
者 投

回 被

打 被


打 与

球 敬
遠 与

球 奪

振 暴
投 ボ

ク 失
点 自

点 防

率 W
H
I
P
2003 MIN 12 0 0 0 0 0 0 1 1 ---- 62 12.2 20 4 2 0 1 14 0 0 11 11 7.82 1.74
2004 TOR 19 0 0 0 0 0 3 0 2 .000 114 25.2 27 7 7 0 2 24 3 0 23 21 7.36 1.32
2005 日本ハム 32 0 0 0 0 3 0 1 9 1.000 175 46.2 32 2 8 1 2 47 1 0 12 12 2.31 0.86
2006 64 0 0 0 0 5 1 39 4 .833 270 65.2 55 5 20 2 4 67 2 0 16 16 2.19 1.14
2007 56 0 0 0 0 1 1 34 2 .500 235 58.1 42 4 14 2 4 49 2 0 15 14 2.16 0.96
2008 46 0 0 0 0 2 2 28 2 .500 186 46.1 32 2 12 0 6 47 0 0 11 11 2.14 0.95
2009 巨人 29 0 0 0 0 1 2 0 5 .333 126 27.2 34 5 9 0 2 28 0 0 19 19 6.18 1.55
MLB:2年 31 0 0 0 0 0 3 1 3 .000 176 38.1 47 11 9 0 3 38 3 0 34 32 7.51 1.46
NPB:5年 198 0 0 0 0 11 4 102 17 .733 866 217.0 161 13 54 5 16 210 5 0 54 53 2.20 0.99

2009年度シーズン終了時
各年度の太字はリーグ最高
背番号 [編集]
36 (2005年 - )
タイトル・表彰 [編集]
最多セーブ投手:1回(2006年)
個人記録 [編集]
初記録
初登板:2005年3月29日、対西武2回戦(札幌ドーム) - 7回表二死に2番手として登板、打者:高木大成
初奪三振:2005年4月13日、対西武6回戦(インボイスSEIBUドーム) - 9回裏二死、打者:小関竜也
初セーブ:2005年5月3日、対西武7回戦(インボイスSEIBUドーム)
初勝利:2005年5月7日、対阪神2回戦(札幌ドーム)
初ホールド:2005年5月25日、対広島東洋2回戦(広島市民球場)
節目の記録
通算100セーブ:2008年9月13日、対オリックス20回戦(札幌ドーム)。日本プロ野球史上20人目、日本ハムでは初となる100Sを外国人以外では最速194試合目で達成。
その他記録
3年連続20セーブ以上(2006年~2008年)
12回延長継投ノーヒットノーラン
2006年4月15日、対福岡ソフトバンク4回戦(福岡Yahoo!JAPANドーム)にて八木智哉、武田久とともに達成。この3人で福岡ソフトバンク打線を延長12回まで無安打・無得点に抑えた。内訳は八木1~10回、武田11回、マイケル12回。「3投手の継投によるノーヒットノーラン」「延長戦の継投によるノーヒットノーラン」はともに日本プロ野球史上初。
登場曲 [編集]
Tobymac 「Burn For You」(2006-2008年途中)
Big Daddy Weave 「Fields Of Grace」(2008年途中)
THIRD DAY 「I CAN FEEL IT」(2008年途中-シーズン終了まで)
Third Day「This Is Who I Am」(2009年)
脚注 [編集]
^ 「MICHAEL」ではなく、「MICHEAL」である。インタビュー等で本人は「父親が間違えたんじゃないですかね」と答えているが、父親によると「ローマ字読みでも読みやすいように付けた」。
^ 日本国籍を持ち、かつ日本のプロ野球でプレーした経験がなかったため、獲得するためにはドラフト会議で指名する必要がある。
^ アルファベット7文字という登録名は、環境によっては字数制限等のため正しく表記されないことがあり、西武ドームの電光掲示板では「MICHEL」と表記されていたことが確認されている。

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2013.09.09| URL| セイコー ダイバー #EBUSheBA [編集]

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