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中里篤史

中里 篤史(なかざと あつし、1982年9月12日 - )は、読売ジャイアンツに所属するプロ野球選手(投手)。

目次 [非表示]
1 経歴
1.1 プロ入り前
1.2 プロ入り後
2 プレースタイル
3 人物
4 詳細情報
4.1 年度別投手成績
4.2 背番号
4.3 個人記録
5 脚注
6 関連項目


経歴 [編集]
プロ入り前 [編集]
埼玉県朝霞市出身。春日部共栄高校入学時は180cmの長身ながら60kgの痩せた体格だった。当時の本多監督が直球だけで三振を奪える投手を目指して徹底的な体力強化を行なわせ、変化球はカーブのみを練習させた。その結果、ストレートに磨きがかかり、2年生の時には140km/hを記録。その年の秋季関東大会の初戦では東海大相模と対戦し、延長戦の末に1対2で敗れた。3年時には春季埼玉県大会で優勝。関東大会では選抜大会出場の国士舘相手に好投した。

甲子園出場・優勝を目標とした夏の全国高等学校野球選手権埼玉大会では、初戦は5回コールドゲーム、すべてのアウトを三振で取る15奪三振の完全試合(参考記録)を達成。決勝戦では浦和学院高校の坂元弥太郎と延長10回を投げ合うもサヨナラ負けを喫し甲子園出場はならなかった。東海大相模の筑川利希也、桐生第一の一場靖弘とともに関東3羽ガラスとしてプロのスカウトから注目された。高校生の右投手としてはトップクラスの評価を受け、2000年のドラフトで中日ドラゴンズから1位指名され入団。

プロ入り後 [編集]
ルーキーイヤーの2001年、フレッシュオールスターゲームでは150km/hをマーク。9月16日の対巨人戦で一軍デビューを飾った。またこの試合ではプロ初安打となるタイムリーも放っている。同年オフ、階段で転倒しそうになり、とっさに手すりをつかんだ際に脱臼。右肩関節唇および同関節包の損傷で、投手生命が危ぶまれるほどの重症を負った。2年間リハビリに努めていたが、2003年オフのトレーニング中にまたも右肩を故障。翌2004年も一軍登板なしに終わった。

2005年、4年ぶりに一軍に昇格し、10月1日の復帰初登板では最高148km/hを記録、1回を三者凡退(2三振)と好投し、リリーフでプロ初勝利を挙げた。オフに背番号が70から18に変更。

2006年8月に一軍復帰すると、自己最多の13試合に登板。日本シリーズにも登板。東京ヤクルト戦で自己最速の152km/hをマーク。日本シリーズでは新庄剛志の現役最終打席で登板し、泣きながら打席に立つ新庄を直球勝負で三振に打ち取った。

2007年、バランスボールから落下し左肘骨折する怪我を負い、一軍登板なしに終わった。

2008年、8年目にして初の開幕一軍入りを果たすが、5月初旬に二軍降格。8月に再昇格したが、期待されたセットアッパーの位置を確保できなかった。同年オフに背番号が18から70へ戻された。

2009年は5月31日に一軍昇格したものの、登板わずか2試合、計4回1/3を3失点、防御率6.23。6月5日に二軍降格。以降二軍戦で投げ続けたものの再昇格することなく、11月2日に戦力外通告を受けた。同年11月11日、読売ジャイアンツへの入団が決定[1]。

プレースタイル [編集]
最大の武器である最速154km/hを誇るストレートは、スピンが利いてとてつもない伸びがある上に球質が重く前に飛ぶことがなかなか無い。
変化球は、130km/h台のフォーク、ストレートと見分けがつかないカットボール、縦に割れる緩いカーブを中心に投げ分ける。

よく言われる速球派として藤川球児が有名だが、調子が良い時は負けず劣らずの投球を見せる。

野球センスは非凡なものを持っており、バッティングやフィールディングはとても巧いとされ、中日時代の川上憲伸に追いつけるもっともの存在とされていた。

人物 [編集]
2005年の復活登板以来、帽子のつばには「感謝」の二文字が記されている。これは、故障中に治療やリハビリで関わった病院の医師や看護師、見捨てなかった球団、応援し続けてくれたファンへの感謝の気持ちをマウンド上でも忘れない為である。なお、大怪我後、ウエスタンリーグの試合で初めて投げた時は医師や看護師もスタンドで涙を流していた。

中日時代は投手として高い資質を認められながら、アクシデント続きで苦しむ中里のことを中日スポーツでは悲運の天才と書くことが多かった。

詳細情報 [編集]
年度別投手成績 [編集]

度 球
団 登
板 先
発 完
投 完
封 無

球 勝
利 敗
戦 セ

ブ ホ


ド 勝
率 打
者 投

回 被

打 被


打 与

球 敬
遠 与

球 奪

振 暴
投 ボ

ク 失
点 自

点 防

率 W
H
I
P
2001 中日 2 2 0 0 0 0 1 0 -- .000 45 9.0 12 0 5 0 0 5 1 0 8 6 6.00 1.89
2005 2 1 0 0 0 1 1 0 0 .500 18 4.0 3 1 2 0 0 3 0 0 2 2 4.50 1.25
2006 13 0 0 0 0 1 0 0 0 1.000 46 10.0 9 1 7 1 1 14 0 0 4 4 3.60 1.60
2008 13 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 44 10.1 6 1 6 0 0 5 1 0 4 4 3.48 1.16
2009 2 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 21 4.1 6 0 1 0 0 4 1 0 3 3 6.23 1.62
通算:5年 32 3 0 0 0 2 2 0 0 .500 174 37.2 36 3 21 1 1 31 3 0 21 19 4.54 1.51

2009年度シーズン終了時
背番号 [編集]
28 (2001年 - 2003年)
70 (2004年 - 2005年、2009年)
18 (2006年 - 2008年)
63 (2010年 - )
個人記録 [編集]
初登板:2001年9月16日、巨人戦(ナゴヤドーム) - 先発し5回3失点
初勝利:2005年10月1日、広島戦(ナゴヤドーム) - 6回より登板、1回無失点
初奪三振:2001年9月16日、巨人戦(ナゴヤドーム) - 2回、清原和博から
脚注 [編集]
^ 中里篤史選手の入団を発表 巨人軍公式サイト

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