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谷佳知

谷 佳知(たに よしとも、1973年2月9日 - )
読売ジャイアンツ所属のプロ野球選手(外野手)。
夫人は柔道選手の谷亮子。
1996年アトランタオリンピック・2004年アテネオリンピックの野球日本代表。


経歴
アマチュア時代
大阪府東大阪市出身。高校は香川県の尽誠学園高等学校に進学。2年時に出場した第71回全国高等学校野球選手権大会では1番打者として活躍しチームのベスト4進出に貢献した。卒業後は大阪商業大学に進学し3年秋に関西六大学リーグ三冠王を獲得。三菱自動車岡崎では1995年の第66回都市対抗野球大会で若獅子賞を受賞、同年のオリンピック予選でMVPを獲得。翌年のアトランタオリンピック野球日本代表に選ばれ銀メダル。ドラフト2位指名でオリックスに入団。

オリックス時代
2001年にシーズン二塁打の日本記録(52本)を樹立。球界屈指の5ツールプレイヤーに。2002年、松井稼頭央と競り合い、初の盗塁王を獲得。

2003年、シドニー五輪柔道金メダリスト田村亮子と結婚。最多安打のタイトルを獲得し、パ・リーグの右打者としての安打数記録を更新(189安打)。打率.350(リーグ2位)の高打率を残し、本塁打も21本を放つ好成績を上げる。センターの守備では、自己最多補殺と二桁失策を同時に記録。

2004年、センターのポジションをダイエー(当時)からFA移籍してきた村松有人に譲り、守備負担の少ないレフトで安定した成績を残す。アテネオリンピック野球日本代表に選ばれ、銅メダルを獲得するも、最後の打者となった準決勝戦で一塁に駆け抜けた際に転倒し右足を負傷してしまう。残りシーズンはほとんど試合に出場できなかったが、規定打席には到達。4年連続で打率3割を達成する。

2005年、打順は主に1番と3番、守備位置はセンターで起用される。腰の怪我の影響もあり、プロ入り後最悪の成績に終わる。12月31日には長男が誕生。

2006年、再起を誓うも、肘の故障などもあり、打率.267、6本塁打、30打点と2年連続で不本意な成績に終わった。11月7日、鴨志田貴司、長田昌浩との交換トレードで巨人に移籍。推定年俸は前年の2億8000万円から1億5000万円へ。1億3000万円の大幅ダウン。

巨人時代
2007年、開幕から不動の2番・左翼手として活躍。シーズンを通し高打率を維持、リーグ3位、チームではトップの打率.318をマークし、得点圏打率は3割7分を超えた。盗塁も二桁にのせるなど過去2年の不振から完全に復活。5年ぶりのリーグ優勝に大きく貢献した。9月1日の対横浜ベイスターズ19回戦(横浜スタジアム)で7回表二死満塁の場面で、遊ゴロを放った際、一塁アウトの判定に激怒。一塁塁審・有隅昭二の胸を突き飛ばし、人生初の退場処分を受けた。この年の契約更改ではチーム最高打率を残した活躍を評価され、1億1000万円アップに加え2年の複数年契約が提示されるも、FA権を行使せず2億6000万円の1年契約でサイン。シーズン終了後に肘の遊離軟骨除去手術を受けた。

2008年、ヤクルトから左翼手であるラミレスが加入したため、中堅手へ再コンバートされる。守備の負担が多くなったためか打撃不振に陥り、オープン戦から打撃好調の亀井義行らにレギュラーを奪われるものの、代打起用されるうちに徐々に本来の打撃を取り戻した。高橋由伸や亀井の怪我による離脱後はスタメンに復帰し、安定した成績を残している。終盤は高橋・亀井と右翼手で併用されることが多かった。6月3日の古巣・オリックス戦では、9回表に加藤大輔から本塁打を放った事で、日本人史上初となる13球団から本塁打の記録を達成した(外国人選手も含めると、フェルナンド・セギノール・フリオ・ズレータに次いで史上3人目の達成)。

2009年は、前年終盤に続いて右翼手での起用が主となる。開幕当初は相手投手の左右によって左打者の亀井と併用されていたが、シーズン中盤に正一塁手だった李承の打撃不振に伴い亀井が一塁手にコンバートされ、谷の出場機会も増加。6番・右翼手に定着するとともに打撃の調子も上げ、8月は月間打率.375、9月は.456と打ちまくり、優勝に向けたラストスパートに貢献した。亀井や松本哲也らの若手外野手が台頭したため、出場試合数こそ巨人移籍後最少だったが、打率は.331の高水準をマークし、得点圏打率は4割に達した。

10月24日、中日とのクライマックスシリーズ2ndステージの第4戦で、中田賢一からプロ入り初となる満塁本塁打を放った。

背番号
10 (1997年 - 2006年)
8 (2007年 - )

タイトル・表彰
盗塁王:1回(2002年)
最多安打:1回(2003年)
ベストナイン:5回(1999年、2001年 - 2004年)
ゴールデングラブ賞:4回(2001年 - 2004年)
月間MVP:1回(2003年9月)
オールスターゲーム出場:6回(2001年 - 2004年、2006年、2007年)

個人記録

初記録
初出場・初先発出場:1997年5月11日、対近鉄バファローズ6回戦(グリーンスタジアム神戸)、8番・中堅手として先発出場
初打点:1997年5月22日、対日本ハムファイターズ9回戦(グリーンスタジアム神戸)、12回裏に岩本勉から
初安打:1997年5月25日、対千葉ロッテマリーンズ7回戦(千葉マリンスタジアム)、2回表に薮田安彦から適時二塁打
初盗塁:同上、3回表に本盗
初本塁打:1997年8月1日、近鉄バファローズ14回戦(グリーンスタジアム神戸)、8回裏に赤堀元之からソロ

節目の記録
1000本安打:2003年8月19日、対福岡ダイエーホークス22回戦(福岡ドーム)、6回表に渡辺正和から中前安打 ※史上214人目
1000試合:2004年7月25日、対北海道日本ハムファイターズ17回戦(東京ドーム)、4番・左翼手として先発出場 ※史上397人目
100本塁打:2007年4月22日、対阪神タイガース6回戦(阪神甲子園球場)、8回表に渡辺亮から左越2ラン ※史上249人目
1500本安打:2007年7月1日、対広島東洋カープ9回戦(広島市民球場)、9回表に永川勝浩から中前安打 ※史上94人目
1500試合:2009年4月4日、対広島東洋カープ2回戦(東京ドーム)、7回裏に豊田清の代打として出場 ※史上164人目

シーズン記録
シーズン52二塁打(2001年)※日本記録。
シーズン189安打(2003年)※右打者のパ・リーグ記録。
シーズン盗塁成功率:.911(2002年)※40盗塁以上では歴代2位。



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