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今江敏晃

今江 敏晃(いまえ としあき、1983年8月26日 - )は、千葉ロッテマリーンズに所属するプロ野球選手(内野手)。

目次 [非表示]
1 人物
2 来歴
2.1 プロ入り前
2.2 プロ入り後
3 略歴
4 詳細情報
4.1 年度別打撃成績
4.2 年度別守備成績
4.3 背番号
4.4 タイトル・表彰
4.5 個人記録
4.5.1 初記録
4.5.2 日本シリーズ記録
5 エピソード
6 関連項目
7 外部リンク


人物 [編集]
愛称は「ゴリ」。
2004年に10歳年上の女性と結婚し、翌年10月のプレーオフ開催中に第1子が誕生した。
2005年シーズンには一時首位打者争いをするなど頭角を表す。西岡剛と共に「ボビーチルドレン」と呼ばれた。
応援歌はイ・ジョンヒョンの『ワ』が原曲。以前は石井浩郎、伊与田一範の応援歌として使われており、2003年に伊与田が戦力外通告を受け退団したため、2004年から現在の応援歌に変わった。ちなみに応援歌は「イ」シイ、「イ」ヨダ、「イ」マエと「イ」繋がりで使われている(意図的なのかは不明)。
※2006年シーズンの一時期、登場曲にえちうらの「曖昧な態度やめて」とともに「ワ」を使っていた。
ポジションは主に三塁手。ごくまれに二塁手。2005年シーズン中盤まで、半身に構える独特のスタンスで守備に就いていた。
2005年のリーグ優勝時は、チームが内野手を全て使い切ったため三塁を初芝清に譲り、二塁で優勝の瞬間を迎えた。
三塁の守備には定評があり、守備範囲も広く、エラーも少ない。ダイビングキャッチをすることも多い。2005年~2008年の4年連続でゴールデングラブ賞を受賞している。また、2005年から3年連続で三塁手部門で守備率リーグトップを記録した。
来歴 [編集]
プロ入り前 [編集]
1998年:中3春に全国優勝。ボーイズリーグの世界選抜として世界大会でも優勝。
1999年:PL学園高で1年生時から4番に座る。高校通算本塁打は32本。
2000年:遊撃手で夏の甲子園に出場、3回戦で敗退。当時の同級生には朝井秀樹(現東北楽天)、桜井広大(現阪神)、小斉祐輔(現福岡ソフトバンク)らがいる。また一学年上に中尾敏浩(現東京ヤクルト)がおり、二遊間を組んでいた。
2001年:ドラフト3巡目で千葉ロッテに指名され、入団。当時の背番号は25。(25番も、ロッテではかつてPL学園高出身の先輩で左の巧打者だった得津高宏が着けていた背番号であり、期待の高さがうかがえる。)
プロ入り後 [編集]
2002年
入団前から期待は高く、4月30日に遊撃手で一軍初スタメン出場。その後二軍落ちするが一年目から二軍のレギュラーを獲得する。後半一軍に再昇格し、プロ初安打を放った。

2003年
フレッシュオールスターに出場し、1-3とリードされた8回裏に1死満塁のチャンスで逆転の走者一掃の三塁打を打つ活躍で、MVPに選出された。

2004年
遊撃手のレギュラーに小坂誠がいたため、強肩を生かして外野手へのコンバートを打診されたが、内野手をやりたいという自身の希望で三塁手へのコンバートとなった。6月から初芝清やマット・フランコらと三塁手のレギュラーを争う活躍を見せ、6月にはプロ初本塁打を記録。しかし投球を手に受けたこと(スイングしていたため、判定はストライク)による故障により41試合の出場にとどまる。

2005年
背番号を「ミスターロッテ」こと有藤道世が背負っていた8に変更。9番三塁手として初の開幕スタメンを果たす。三塁手としてレギュラーに定着すると、一気にチームトップとなる132試合に出場した。

球団史上歴代5位となるシーズン22試合連続安打を記録、8月の月間打率は4割を超え、一時は打率がリーグ1位に。その後も調子を維持し初の規定打席&3割に到達した。またこの年のパリーグ最多二塁打となる35二塁打を記録。
日本シリーズでは、第1戦・第2戦で8打席連続安打、シリーズ打率.667と新記録を達成し、日本シリーズMVPにも選出される。
こうした活躍を高く評価され、三塁手部門のベストナインと初のゴールデングラブ賞を受賞する。
2006年
2006 ワールド・ベースボール・クラシック日本代表に選出され、5試合に出場し4打点を挙げ、世界一に貢献。シーズンでは前半は2番に起用されることが多かったが、調子の波が激しく打撃が安定しなかった。三塁のレギュラーは守ったものの結局最後まで不調に終わり、打率を大きく下げた。最後のパリーグ東西対抗にて3ランを含む3安打でMVPとなる。この年も連続でゴールデングラブ賞を受賞(2回目)。

2007年
6月に左手有鈎骨を骨折したのもあり、前年同様の打撃不振に陥り打率.249とさらに下げた。打順はほとんど8番か9番だった。また、故障により守備面でも不安があり堀幸一や青野毅にポジションを譲ることもあったが、3年連続のゴールデングラブ賞を獲得した。

2008年
前2シーズンと打って変わって打撃好調を維持し、9月7日までに打率.309、12本塁打、55打点を挙げるものの、同日の対ソフトバンク戦で水田章雄より右上腕へ死球を受け右尺骨骨折し、登録抹消。結局一軍復帰を果たせぬままシーズン終了となった。また、この年は本塁打も2ケタを記録するなど打撃は好調だったものの守備では若干成績を落とし、特に補殺と併殺参加数は前シーズンまでと比べて少なかった。(併殺参加数は2006年はリーグトップの24個だったがこの年はリーグ最少の4個しか記録できず。ワースト2位の草野も13個記録していることからも少なさが分かる。)しかし、ゴールデングラブ賞を4年連続で受賞した。

2009年
7月5日、西村徳文コーチがボビー・バレンタイン監督よりスタメンを告げられる際に、本来三塁で先発出場する予定だった今江の愛称である「ゴリ」と「堀」を聞きまちがえてしまい、堀幸一が2年ぶりにスタメン三塁で出場する珍事があった。

結局堀は第1打席で犠牲フライを放ったのち、3回表の守備より今江と交代した。
略歴 [編集]
プロ入り年度/ドラフト順位:2001年/3巡目
2006 ワールド・ベースボール・クラシック日本代表(5試合 10打数 2安打 4打点 2三振 打率.200)
詳細情報 [編集]
年度別打撃成績 [編集]

度 球
団 試
合 打
席 打
数 得
点 安
打 二

打 三

打 本

打 塁
打 打
点 盗
塁 盗

死 犠
打 犠
飛 四
球 敬
遠 死
球 三
振 併

打 打
率 出

率 長

率 O
P
S
2002 ロッテ 15 25 25 0 5 3 0 0 8 2 0 0 0 0 0 0 0 7 1 .200 .200 .320 .520
2003 5 6 6 0 2 1 0 0 3 1 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .333 .333 .500 .833
2004 41 149 136 12 35 8 2 1 50 18 0 1 3 2 5 0 3 21 1 .257 .295 .368 .662
2005 132 501 461 58 143 35 3 8 208 71 4 1 10 5 22 4 11 62 16 .310 .353 .451 .804
2006 126 489 457 49 122 25 2 9 178 47 3 2 11 3 17 0 1 74 9 .267 .293 .389 .682
2007 102 338 305 32 76 14 2 9 121 42 0 0 12 4 13 1 3 55 9 .249 .283 .397 .680
2008 117 450 405 57 125 37 4 12 206 55 3 1 14 6 19 1 6 48 7 .309 .344 .509 .853
2009 113 441 409 35 101 19 2 9 151 60 2 3 12 2 12 0 6 60 17 .247 .277 .369 .647
通算:8年 651 2407 2204 243 609 142 15 48 925 296 12 8 62 22 88 6 30 329 59 .276 .310 .420 .730

2009年度シーズン終了時
各年度の太字はリーグ最高
年度別守備成績 [編集]


度 二塁 三塁 遊撃


合 刺

殺 補

殺 失

策 併

殺 守

率 試

合 刺

殺 補

殺 失

策 併

殺 守

率 試

合 刺

殺 補

殺 失

策 併

殺 守


2002 2 0 0 0 0 - 9 5 9 1 0 .933 4 1 3 1 0 .800
2003 1 0 0 0 0 - 2 1 1 0 0 1.000 -
2004 - 41 32 55 3 4 .967 -
2005 1 0 1 0 0 1.000 132 99 264 9 24 .976 -
2006 - 125 78 225 12 24 .962 -
2007 - 99 64 183 5 6 .980 -
2008 - 117 98 174 6 4 .978 -
2009 - 111 86 185 9 13 .968 -
通算 4 0 1 0 0 1.000 519 365 922 39 71 .971 4 1 3 1 0 .800

太字はゴールデングラブ賞受賞年
背番号 [編集]
'25(2002年 - 2004年)
8(2005年 - )
タイトル・表彰 [編集]
ベストナイン:1回(2005年)
ゴールデングラブ賞:4回(2005年 - 2008年)
日本シリーズMVP:1回(2005年)
オールスターゲーム出場:1回(2006年)
フレッシュオールスターMVP(2003年)
千葉市市民栄誉賞(2006年)
個人記録 [編集]
初記録 [編集]
初出場:2002年4月28日、対大阪近鉄バファローズ5回戦(大阪ドーム)、9回表に代打として出場、岡本晃から遊撃ゴロ
初先発出場:2002年4月30日、対福岡ダイエーホークス5回戦(千葉マリンスタジアム)、7番・遊撃手として先発出場
初安打・初打点:2002年9月30日 対西武ライオンズ27回戦(西武ドーム)、2回表に西口文也から
初本塁打:2004年8月21日、対福岡ソフトバンクホークス24回戦(千葉マリンスタジアム)、2回裏に神内靖から
初盗塁:2005年4月6日、対西武ライオンズ3回戦(インボイスSEIBUドーム)、4回表に二盗(投手:芝崎和広、捕手:野田浩輔)
日本シリーズ記録 [編集]
初打席本塁打(史上13人目)(2005年10月22日)
最多連続打席安打:8本(2005年10月22日 - 23日)
最多連続打数安打:8本(2005年10月22日 - 23日)
1試合最多安打:4本(史上20人目22、23回目)(2005年10月22、23日)
エピソード [編集]
日本シリーズで本塁打を打った際、そのボールはレフトの阪神サイドへ。試合後、取ったというファンからボールを返してもらった。この行為に本人は人目をはばからず号泣。「明日以降も頑張ります!」と宣言し、その後もシリーズ男として八面六臂の大活躍を見せた。
ゴリという愛称からかファンからバナナがプレゼントされた。しかし、今江の好物はソーセージであり、公式サイトの好きな食べ物の欄にソーセージと書くほどである(千葉マリンスタジアムで販売されるマッチ・カード・プログラムの4コマ漫画でもネタにされた)。
ちなみに2005年オフに関口宏の東京フレンドパークIIに出演した際、番組内で行われたアーケードゲームの「バナナシューター」に挑戦し、ゲームで使用するバナナのぬいぐるみをゲーム終了後に持ち帰っていた。
2008年シーズンは故障でファーム調整に入った後、“クライマックスシリーズに一緒に行こう!”と、本人と同じ背番号のユニフォーム・同じリストバンドを着けさせ、サングラスを掛けさせたゴリラのぬいぐるみが“本人代理”としてベンチに同席した。
オフのゴルフコンペの際、「来年の目標は?」と聞かれ「首位打者を獲りたいです」と発言。そのコンペに参加していた先代背番号8・有藤道世に「“獲りたい”じゃなくて“獲ります”と言え!」と一喝された。
福岡ソフトバンクの神内靖投手とは同級生で京都のリトル・リーグ時代から対戦しており現在も交友がある。ちなみにプロ野球選手として初めての対戦となった試合で、今江は神内からプロ入り一号本塁打を放っている。余談だが、この時、今江は骨折からの復帰戦で放った本塁打であり、当時交際していた現在の夫人へとそのボールを渡そうとしていた為、様々な手を尽くしてそのボールを得たという。
2006年ワールド・ベースボール・クラシックの二次予選・韓国戦でセンター金城龍彦からの返球を落としてしまい、さらに「落としていない」とアピールする間にバッターランナーに二塁への進塁を許してしまった(記録にはエラーはついていない)。結果的にこのアピールによって決勝点を挙げられ、「もう日本に帰っても生きていけない」と考えるほどに思いつめたという。しかし決勝では2点タイムリーを放った。
そのWBCでチームメイトだった岩村明憲がメジャーリーグに移籍する際、アメリカの公式サイトにて写真が岩村ではなく今江だった、という事件が起きた。偶然にも、マリーンズの三塁手の前任者・初芝清にも同様の事件が起きている。(アメリカのスポーツニュース番組でイチローの紹介があった時の顔写真が初芝だった。)
2006年12月28日の契約更改時、当初は「推定300万増の年俸5,800万円」と報道された。しかし翌日、今江自身が「300万アップではなく、1,000万アップ」と異例の修正コメントを提出。増額公開の理由は「これだけ貰う選手である、というプライドがある。そして球団に評価して貰ったということを伝えたかった」と表明した。
シアトル・マリナーズのイチローの大ファンであり、本人の前で福岡ソフトバンクの川崎宗則と「イチローカルトクイズ」勝負をした。またWBC期間中にイチローが所有しているアリゾナ州の別宅に招待された際、「どちらがイチローさんの車の助手席に乗るか」ということで川崎とじゃんけんになった(『ジャンクSPORTS』内での発言)。同番組で夫人が登場した際、彼が試合のチャンスで打てずに帰宅した後、一人部屋で泣いていることなどを暴露されていた。
京成バス、幕張本郷駅―千葉マリンスタジアム間路線でのロッテ選手音声による車内アナウンスが流されており、そのうち今江は「皆が気持ちよく利用出来るよう、空き缶、新聞・雑誌は車内に置き去らず、持ち帰って」といった内容を担当している。

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