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マーティ・ブラウン

マーティ・ブラウン(Marty Leo Brown , 1963年1月23日 - )は、アメリカ合衆国オクラホマ州出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)。

日本でも広島東洋カープで3年間プレー。2006年~2009年まで広島監督を務め、2010年からは東北楽天ゴールデンイーグルスの監督を務める。

目次 [非表示]
1 来歴・人物
2 采配
2.1 2006年
2.2 2007年
2.3 2008年
2.4 2009年
2.5 広島監督時代の特徴
2.5.1 内野手5人
2.5.2 ベース投げ事件と退場
2.5.3 中日ドラゴンズとのトラブル
3 詳細情報
3.1 年度別打撃成績
3.2 背番号
3.3 タイトル・表彰
3.4 個人記録
3.5 監督としてのチーム成績
4 関連項目
5 脚注
6 外部リンク


来歴・人物 [編集]
ジョージア大から1985年にMLBドラフト12巡目でシンシナティ・レッズに入団。1988年にメジャー初昇格。1990年にボルチモア・オリオールズに移籍し、通算35試合に出場。その後、ミネソタ・ツインズ傘下の3Aロチェスター、1991年にコロラド・ロッキーズ傘下の3Aコロラドスプリングスを経て、1992年に広島東洋カープに入団。さほど突出した成績は残さなかったが、ヘッドスライディングや外野フライをキャッチしたあとにフェンスを乗り越えるプレーなどが話題となる。1994年に広島を自由契約となり、1996年にテキサス・レンジャーズ傘下の3Aオクラホマに所属したのを最後に現役を引退する。

引退後の翌1997年からMLBのマイナーリーグで監督を務め、2003年からクリーブランド・インディアンス傘下の3Aバッファローの監督に就任。2004年にはインターナショナルリーグで優勝、週刊誌『ベースボール・アメリカ』からマイナーリーグ最優秀監督賞を受賞する。この3年間の成績は、238勝193敗、勝率.552であった。また、3A監督時代に3年間で22回の退場を記録した[1]。2004年にはグレッグ・ラロッカ、2005年にはケニー・レイボーンを古巣の広島カープに送り込む。そうした実績も考慮され、2006年から広島東洋カープの監督に就任。

1年目、2年目は5位。3年目の2008年は勝率5割にわずかに届かなかったものの、最後までクライマックスシリーズ進出争いに踏みとどまり、7年ぶりの4位でシーズンを終えた。ファンサービスを重視し、サインや写真撮影などを求められた時は笑顔で応じている。なお現役時代はファンから「ブラウン」と呼ばれていたが、監督就任後は本人の要望[2]で「マーティ」と呼ばれることも多い。

2009年1月30日、広島市在住の20代後半日本人女性と結婚した(ブラウンは離婚歴があるため再婚になる)。

2008年オフ「Aクラス入りなら、翌年の契約を更新する」との条件で球団と1年契約を結んでいたが[3]、10月4日の対横浜戦で敗戦したため、Bクラスが確定し退任が決定。10月10日の対巨人戦が広島で指揮を執る最後の試合となった。

広島監督退任後の2009年11月2日、野村克也の後任として東北楽天ゴールデンイーグルス監督就任が発表された。楽天球団初の外国人監督となる。背番号は広島時代の「71」から「81」に決定。理由は「チームの勝利数を81勝以上にすること」としている。

采配 [編集]
2006年 [編集]
31年ぶりにキャプテン制を導入し、黒田を投手キャプテン、前田智徳を野手キャプテンに指名する。先発は黒田・大竹・ダグラスの3投手を軸に、大島・佐々岡を加えた5投手で中4日の先発ローテーションを組み、また中継ぎもローテーション形式にして1登板で2イニング30球を限度とし、3連投しない形をとった。守備では逆シングルを推奨し、一・三塁線を大きく開ける守備シフトを敷いた。出塁率を重視し1番に緒方、2番に前田を据えるが、9試合連続2得点以下という日本新記録をマークしたためオーダーを元に戻した結果打線は復活した。また捕手以外の野手(内野手、または外野手)を使い切ってしまうことが度々あった。

2007年 [編集]
前年同様に黒田を投手、前田を野手のキャプテンに指名。投手は先発ローテーションを中4日から中5、6日とし、また先発陣を中継ぎに起用することもあった。春先はある程度の安定があったもののやがて調子を落とし、交流戦では黒田以外の先発投手に勝ち星が付かなかった。また抑えの永川が非常に不安定で接戦を落とす試合が多かった。

捕手は打撃向上と1年間正捕手の固定を掲げる。4月は打撃好調の倉が、交流戦前からは石原がマスクを被る機会が増えるが、打撃の好不調や先発投手との相性もあり固定には至らなかった。

打線は梵(遊撃手)を1番、東出(二塁手)を2番に固定、3~6番に前田、新井、嶋、栗原を据える。7番は緒方、森笠、廣瀬の外野手争いに内野から尾形や喜田(5月18日に阪神から移籍)も加わるが、前年同様4月はほぼ全員の調子が上がらず5月に一時調子を上げるも交流戦では再び貧打となる。投手陣の不調も重なって交流戦では大きく負け越し、交流戦後に前年に中日を退団したアレックスが加入し打線のてこ入れを図るも最終的には最下位と1ゲーム差の5位で終わる。

2008年 [編集]
野手では若い天谷、FAで移籍した新井の人的補償で加入した赤松などの俊足外野手をスタメンに抜擢。守備に不安のある前田を代打専門とし、機動力と守備重視の布陣にする。新4番の栗原は4番らしい働きと成績を残したが、新井のいた三塁手は新加入のシーボルが今一つだった。また、ルーキーの小窪が、極度の不振に陥った遊撃手梵と、なかなか日本に適応しなかった三塁手シーボルの穴を埋める活躍を見せた。

黒田の抜けた投手陣はベテランの高橋建と新加入のルイスが前半戦のチームを牽引した。特にルイスは中4日で登板し、交流戦では5勝を挙げ球団初の交流戦勝ち越しに大きく貢献した。また前年不安定だった永川が別人のような安定感を見せた。シーズン終盤には前田健太、篠田、齊藤ら若い投手を先発に抜擢。これが当たり一時は3位に食い込んだが、最後は中日に追い抜かれ4位でシーズンを終えた。

2009年 [編集]
本拠地が広いMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島に変わり前年から取り組んだ野球の真価が問われるシーズンとなった。広くなったことで投手力はある程度向上したが、打力が低下し投打が噛み合わなかった。盗塁数は前年より増えたもののリーグ5位にとどまり、アレックスの放出で手薄になった中軸は栗原、嶋、シーボルの誤算が大きく、マクレーン、フィリップスとシーズン中に加入した外国人野手で得点力向上を試みた。ヤクルトの失速で一時は3位争いに加わるも結果的には新しい本拠地で負け越していること[4]と打線の不調が最後まで響いて5位に終わる。[5]このシーズンを以って監督を退任。

4年間でAクラス進出はなく、勝率も5割を超えるシーズンはなかった。

広島監督時代の特徴 [編集]
内野手5人 [編集]
終盤で同点もしくはリードを許していてノーアウトまたは1アウトでランナーが三塁にいる場合、しばしば内野手5人、外野手2人のシフトをとる。このシフトをとって、暴投などで点を取られたことはあるものの、ヒットを打たれたことはおろか外野までボールを飛ばされたこともない。
2006年4月22日の中日ドラゴンズ戦、一塁栗原、二塁東出、三塁新井、遊撃山崎に加え中堅福井が二塁ベース上を守る5人内野シフトをとった。打者井端はサードゴロに打ち取ったが、次の打者福留の場面で捕手倉のパスボールなどがあり結局敗戦。
2006年7月14日の横浜ベイスターズ戦の10回裏、一塁栗原、二塁東出、三塁新井、遊撃梵に中堅井生が加わったが、永川の暴投でサヨナラ負け。
2009年3月29日、オープン戦の福岡ソフトバンクホークス戦9回裏ノーアウト三塁の場面では一塁喜田剛、二塁小窪、三塁シーボル、遊撃石井琢、左翼木村昇のシフトでレフトゴロ(木村が処理したため)に打ち取るなど成功した。
2009年5月6日、中日ドラゴンズ戦の8回裏1アウト一・三塁、一塁栗原、二塁東出、三塁シーボル、遊撃石井琢、右翼木村(三遊間にポジショニング)で打者荒木を三振に打ち取り成功。
2009年6月14日、西武ライオンズ戦 延長12回ノーアウト満塁の場面で、一塁喜田剛、二塁東出、三塁石井琢、遊撃梵、左翼小窪で代打黒瀬を左翼ゴロ併殺打(2アウト二・三塁)、G.G.佐藤は敬遠四球(2アウト満塁)で歩かすも、代打江藤を遊飛に打ち取り成功。
ベース投げ事件と退場 [編集]
(一回目)2006年5月7日の対中日戦、3回表にロマノが真鍋審判に暴言を吐き退場処分を受ける。ブラウンはこれに抗議した後一塁ベースを内野のフェアゾーンに放り投げたため退場を宣告され、その後宣告した審判と観客に対し帽子を上げお辞儀した。ブラウンの退場に関して責任審判の谷博三塁審判は「抗議は冷静で紳士的なものだった。ロマノ投手をかばっていた。一塁ベースを投げていなければ、退場にはなっていなかった」と語っている。なお抗議に行く際コーチのリブジーに広池への投手交代を伝えていた。
5月16日の対西武戦の試合前練習には、広島の選手、コーチ、スタッフが正面に“DANGER!(危険!)、背面にMY MANAGER THROWS BASES(うちの監督はベースを投げるぞ)”とプリントされたTシャツを着用、リブジーは正面が監督代行、背面がHe did it again...(またやったよ…)のTシャツ、ブラウンは背面が"I THROW BASES(私はベースを投げるぞ)"になったものを着用した。本人はこのTシャツが気に入っているという。また、このTシャツに描かれたマークが交流戦(対日本ハム戦・札幌ドーム)の7回表の広島攻撃前に電光掲示板に映り、大歓声が沸いた。
(二回目)同年7月29日の対横浜戦、6回裏1アウト一・三塁で打者倉の場面。倉は打球が足に当たったと思い一塁に走らなかったが、審判はフェアと判定しダブルプレーとなる。これに対しブラウンは17分間の抗議の後マウンドで「私を退場にしてくれ」とアピール。抗議が規定の5分を越えたことによりシーズン2度目となる退場処分を受ける。この後審判にお辞儀し一塁へ向かったため観客は沸いたが、ベースの土を払うにとどまった。またこの時期は微妙な判定が多かったため、前述の抗議も込めたTシャツを選手などが着用した。
(三回目)同年8月23日の対阪神戦、5回表に友寄球審の度重なる微妙な判定に激怒し、矢野に四球を与えた直後に内野陣をマウンドに集めたあと友寄に猛抗議。その後ブラウン監督は戻りかけるが、友寄球審が呼び止めて言い返す。[要出典]1分程度の抗議だったが友寄は遅延行為(及び審判への暴言)により退場を宣告した。監督の1シーズン3回の退場は史上初で、舞台はいずれも本拠地の広島市民球場。ブラウンの退場時に代理監督を務めるリブジーコーチは「彼が抗議するのは選手を守るためで、彼が退場になると選手が盛り上がるんだ」と語っている。
(四回目)2007年4月10日の対巨人戦、8回表2アウト二塁の場面で投手梅津が打者古城に対して投げた2球をボールと判定した深谷球審に激昂し、ホームベースに足で土をかけて見えなくし、その上に帽子を叩きつけた。この際に暴言を吐いたとして退場処分となる。なお、これにより2007年度のセ・リーグ退場第1号となった。
(五回目)同年8月22日の対横浜戦、5-2と広島の3点リードで迎えた8回裏2アウト一・二塁の場面で、打者東出の放った打球を三塁手村田が処理し損なった直後に打球が二塁走者倉に当たり、村田のすぐ後ろにいた遊撃手石井琢の守備機会を妨害したとして倉にアウトが宣告された。これに対しブラウンは審判団に執拗に抗議。規定の5分を超えても抗議を続けたため、退場となった。
(六回目)2008年4月26日の対横浜戦(横浜スタジアム)、7回に前田のバントを空振りとする判定をめぐって谷球審に暴言を吐き、ビジターでは初の退場処分を受ける。その際ホームベースを土で覆い帽子をグラウンドに投げつけた。試合は直後にチームが先制して逃げ切り2-1で広島が勝利。
11月23日に行われた広島のファン感謝デーでは「ベース投げコンテスト」が行われ、ブラウンも始球式のようなものに参加し6.2mを記録した。このコンテストで優勝したのは新井とファンの子供のペアで、2人の総飛距離は13.6mであった。
(七回目)2009年4月7日の対阪神戦(甲子園)、1回表に天谷の本塁でのクロスプレーをアウトと判定した吉本球審に暴言を吐いたとして7度目の退場。1回表2アウトでの監督の退場はプロ野球史上最短。この試合、7回表終了時には広島が10-4と大きくリードしていたが最終的に10-11xでサヨナラ負けを喫し、「退場した試合は全て勝つ」というジンクスが破れる結果となった。
(八回目)2009年8月27日の対ヤクルト戦(マツダスタジアム)、7回裏にマクレーンが審判の空振りの判定に抗議し退場処分を受ける。このことにブラウンも抗議し、球審に暴言を吐いたため退場。その際に、ホームベースの近くに自分の付けていた靴と帽子を置いていった。監督が8回も退場処分を受けたのはプロ野球史上単独最多である。2点のリードを許している状況での退場だったが、その直後に逆転に成功して7-6で勝利し、「“初回以外に”退場した試合は全て勝つ」と言うジンクスは守った形となった。
中日ドラゴンズとのトラブル [編集]
2006年8月13日の対巨人戦終了直後の会見で「巨人の原監督、ヤクルトの古田監督は尊敬しているが、他球団ではサインなどでルール違反が行われている。見つかったら大変なことになる。いつまでもやられっぱなしでは終われない。特に次に対戦するチームの監督はよく聞いてほしい」と発言した。

この次に対戦するチームとは中日のことであり、あたかも中日、阪神、横浜が不正を働いているかのような発言だったため、これを聞いた中日の落合監督は8月14日の降雨による試合中止決定後、自ら記者会見を開くほど激怒した。翌15日に中日の西川球団社長、伊藤球団代表が急遽広島入りして広島の鈴木球団部長から事情を聞くとともに一連のブラウン発言での謝罪を受け、落合も「社長に任せる」とコメントしたため球団間での対立は一応回避された。

この騒動以降、ブラウンと落合は試合前のメンバー表交換の時ですら目を合わせないほどであったが、10月16日に広島市民球場で行われた両チームにとってのシーズン最終戦前のメンバー表交換の際には握手を交わし、この騒動は一応の決着をつけた。

なお、中日と同じく批判の対象となった阪神、横浜両球団の監督及び関係者はこの件に対して静観する姿勢を示し、横浜の牛島監督(当時)へは直接会って謝罪するなど、こちらは大きなトラブルにはならなかった。

メジャーリーグなどでは自軍の打者に対して相手投手の球種を伝えてはいけないことになっているが、セ・リーグでは特に禁止事項にはなっていないため、ブラウンの一連の発言は日米におけるルールの相違から生じたものであることが後日判明した。
詳細情報 [編集]
年度別打撃成績 [編集]

度 球
団 試
合 打
席 打
数 得
点 安
打 二

打 三

打 本

打 塁
打 打
点 盗
塁 盗

死 犠
打 犠
飛 四
球 敬
遠 死
球 三
振 併

打 打
率 出

率 長

率 O
P
S
1988 CIN 10 17 16 0 3 1 0 0 4 2 0 1 0 0 1 0 0 2 0 .188 .235 .250 .485
1989 16 35 30 2 5 1 0 0 6 4 0 0 0 1 4 0 0 9 0 .167 .257 .200 .457
1990 BAL 9 16 15 1 3 0 0 0 3 0 0 0 0 0 1 0 0 7 1 .200 .250 .200 .450
1992 広島 109 427 386 37 90 22 1 19 171 68 2 2 0 0 38 1 3 93 4 .233 .307 .443 .750
1993 120 465 428 60 118 21 2 27 224 83 1 3 1 3 30 3 3 106 13 .276 .325 .523 .849
1994 28 113 104 11 27 4 1 4 45 14 1 2 0 1 7 0 1 19 6 .260 .310 .433 .742
MLB:3年 35 68 61 3 11 2 0 0 13 6 0 1 0 1 6 0 0 18 1 .180 .250 .213 .463
NPB:3年 257 1005 918 108 235 47 4 50 440 165 4 7 1 4 75 4 7 218 23 .256 .316 .479 .795

背番号 [編集]
43 (1992年 - 1994年)
71 (2006年 - 2009年)
81 (2010年 - )
タイトル・表彰 [編集]
優秀JCB・MEP賞:1回 (1993年)
個人記録 [編集]
NPB
初出場:1992年4月5日、対読売ジャイアンツ戦(広島市民球場)
初安打:1992年4月5日、対読売ジャイアンツ戦(広島市民球場)
初本塁打:1992年4月8日、対横浜大洋ホエールズ戦(横浜スタジアム)
監督としてのチーム成績 [編集]
年度 球団 順位 試合 勝利 敗戦 引分 勝率 ゲーム差 チーム
本塁打 チーム
打率 チーム
防御率 年齢
2006年 広島 5位 146 62 79 5 .440 25.0 127 .266 3.96 43歳
2007年 5位 144 60 82 2 .423 19.5 132 .263 4.22 44歳
2008年 4位 144 69 70 5 .496 14.0 100 .271 3.78 45歳
2009年 5位 144 65 75 4 .464 27.0 101 .245 3.59 46歳
通算:4年 578 256 306 16 .456 Bクラス4回

関連項目 [編集]
広島東洋カープの選手一覧
東北楽天ゴールデンイーグルスの選手一覧
脚注 [編集]
^ http://hiroshima.nikkansports.com/baseball/professional/carp/p-rp-tp0-20070411-182947.html
^ 2006年シーズン前に中国放送の番組にて「マーティと呼んでね」と日本語でお願いしていた。
^ http://osaka.yomiuri.co.jp/sports/baseball/carp/20091005-OYO8T00356.htm 読売新聞「ブラウン監督退任」
^ http://www.chugoku-np.co.jp/Carp/Cw200910120065.html
^ http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20091005-551892.html

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