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成瀬善久

成瀬 善久(なるせ よしひさ、1985年10月13日 - )は、千葉ロッテマリーンズに所属するプロ野球選手(投手)。

目次 [非表示]
1 プレイスタイル
2 来歴
2.1 プロ入り前
2.2 プロ入り後
3 詳細情報
3.1 年度別投手成績
3.2 背番号
3.3 タイトル・表彰
3.4 個人記録
3.4.1 投手記録
3.4.2 打撃記録
4 関連項目
5 外部リンク


プレイスタイル [編集]
ボールの出所を隠しながらゆったりしたモーションで投球する変則的なフォーム(招き猫投法)で打者のタイミングを外し、MAXでも142km/hとスピードは無いが伸びのあるストレートと、高い制球力を武器に三振を奪う技巧派左腕。高校時代には144km/hを記録しているが、プロ入り後はコントロールを更に重視している。彼のフォームはピッチングの時のテイクバックが小さく、手首の曲げ具合が招き猫の上げた前脚に似ており、「猫招き投法」と呼ばれる事もある。この投球フォームについて、「和田選手の出所を隠す部分と杉内選手のゆったりした部分を足したフォーム」であると語っている(報道ステーション2007年10月5日放送のスポーツ内より)。

球種はストレート、スライダー、チェンジアップ、フォーク、カーブ、スクリュー(現在ではストレート、スライダー、チェンジアップ以外はあまり投げない)。

チームでのニックネームは「ニャー」(彼の投球フォームに由来)。これにちなみ、2008年シーズンからのマッチデープログラムでは、終了した清水直行のエッセイ『やるしかないねん』の跡を継ぎ『なんとかニャルセ』を担当。

来歴 [編集]
プロ入り前 [編集]
小山市立桑中学校在学時はエースとして第22回全国中学校軟式野球大会に出場。1試合16奪三振と毎回奪三振の大会記録を樹立しチームを全国第3位に導く(毎回奪三振は長谷川滋利、山本省吾らも記録している)。なお、同中学の2年先輩にはヤクルトの飯原誉士がおり、成瀬が1年時のエースは飯原であった。

横浜高校時代は度重なる故障に悩まされたが、3回戦の明徳義塾を劇的に破ると勢いに乗って、クレバーな投球術で第75回選抜高等学校野球大会準優勝。決勝では西村健太朗(現巨人)・白濱裕太(現広島)のバッテリーを擁する広陵高校と対戦。先発で1学年下の涌井秀章(現埼玉西武ライオンズ)をリリーフしたがともに打ち込まれ、3-15という大敗を喫した。第85回全国高等学校野球選手権大会神奈川県予選では決勝進出を果たすも給前信吾(現信濃グランセローズ)と、1学年下に田澤純一(現ボストン・レッドソックス)を擁する横浜商大高校に敗れ春夏連続出場を逃した。2003年のドラフト6巡目で千葉ロッテマリーンズに指名され入団。背番号は60。

プロ入り後 [編集]
2004年は故障の影響もありシーズン前半を棒に振る。後半からは、ファームで安定した成績を残した。

2006年5月17日に一軍昇格し横浜ベイスターズ戦でプロ初登板初先発初勝利を飾る。一軍最後の登板では初完封も達成し、結果的に13試合で5勝をあげ先発ローテーション定着を果たす。しかし、シーズン終了後のファーム日本選手権では阪神戦で喜田 - 桜井 - 藤原に3者連続本塁打を浴び敗戦投手となった。なお、先頭打者の赤松がエンタイトルツーベースを打っているので4人連続で柵を越えられている。

2007年は開幕ローテーション入りし、16勝1敗、防御率1.817。オールスターに出場、月間MVPを二度受賞し、最優秀防御率、最優秀投手を獲得した。この年の黒星は交流戦(横浜戦)のみで、パ・リーグ球団との試合では無敗であった。しかし、北海道日本ハムとの戦いとなったクライマックスシリーズ第2ステージ最終戦ではこの年唯一となるパリーグ相手の敗戦を喫した。また与四球27は規定投球回に到達した投手では武田勝の17についで2位。ちなみに、防御率1点台、勝率9割台でシーズンを終えた投手が出たのは1959年の杉浦忠以来48年ぶり、2リーグ制以後では2人目の記録である。西武・日本ハム相手に強く、それぞれ6勝0敗(7試合)・4勝(4試合)をあげる一方で、楽天には2試合先発して0勝0敗、防御率は4点台と相性が悪かった。

翌年の北京五輪出場を目指す野球日本代表に招集され、台湾で行われた最終予選の第2戦・韓国代表との試合に先発。4回途中までで2失点。勝ち負けはつかなかったが、チームは勝利した。

2008年に背番号を17に変更。北京オリンピック野球代表日本に選出され、第5戦(カナダ戦)に先発し、7回を被安打2、10奪三振、無失点で勝利した。大会通算19奪三振で奪三振王に輝いた。また交流戦では、投手としては非常に珍しい三塁打を放った。

2009年春期キャンプで故障し出遅れる。その影響か前半戦は調子が上がらず打ち込まれる場面が目立ったが、徐々に復調しオールスターゲーム後は無傷の7連勝を果たしてシーズンを終え、最終的にはチームトップの11勝を挙げた。また、この年の契約更改で、年俸一億円に到達している。

詳細情報 [編集]
年度別投手成績 [編集]

度 球
団 登
板 先
発 完
投 完
封 無

球 勝
利 敗
戦 セ

ブ ホ


ド 勝
率 打
者 投

回 被

打 被


打 与

球 敬
遠 与

球 奪

振 暴
投 ボ

ク 失
点 自

点 防

率 W
H
I
P
2006 ロッテ 13 13 2 1 0 5 5 0 0 .500 326 78.1 75 6 21 0 4 83 2 0 33 30 3.45 1.23
2007 24 24 6 4 2 16 1 0 0 .941 675 173.1 132 10 27 0 4 138 0 0 36 35 1.82 0.92
2008 22 22 3 0 0 8 6 0 0 .571 616 150.2 126 12 35 0 3 119 3 0 57 54 3.23 1.07
2009 23 22 5 1 2 11 5 0 0 .688 627 153.2 146 14 28 1 3 156 2 0 61 56 3.28 1.13
通算:4年 82 81 16 6 4 40 17 0 0 .702 2244 556.0 479 42 111 1 14 496 7 0 187 175 2.83 1.06

2009年度シーズン終了時
各年度の太字はリーグ最高
背番号 [編集]
60(2004年 - 2007年)
17(2008年 - )
タイトル・表彰 [編集]
最優秀防御率:1回(2007年)
最優秀投手:1回(2007年)
月間MVP:2回(2007年7月・9月)
最優秀バッテリー賞:1回(2007年)
個人記録 [編集]
投手記録 [編集]
初登板・初先発・初勝利:2006年5月17日、対横浜ベイスターズ2回戦(横浜スタジアム)、6 2/3回3失点(自責点2)
初奪三振:同上、1回裏に石井琢朗から
初完投勝利:2006年6月14日、対横浜ベイスターズ5回戦(千葉マリンスタジアム)
初完封勝利:2006年9月18日、対オリックス・バファローズ19回戦(千葉マリンスタジアム)
最多完封:1回(2007年)
打撃記録 [編集]
初安打:2007年5月31日、対広島東洋カープ2回戦(しまなみ球場)、4回表に高橋建から遊撃内野安打
関連項目 [編集]
栃木県出身の人物一覧
千葉ロッテマリーンズの選手一覧
渡辺元智 - 横浜高校野球部の恩師

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