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小野晋吾

小野 晋吾(おの しんご、1975年4月7日 - )
静岡県駿東郡長泉町出身のプロ野球選手。千葉ロッテマリーンズ所属。
ポジションは投手。背番号は29番。


プレイスタイル
ストレートはMAXで140km/h中盤程度。シュート、スライダー、カットボール、フォークなど、多彩な変化球を持っているが、基本的にはシュートとスライダー、カットボールを使った「横の揺さぶり」で相手打者を打ち取っていくスタイルである。ストレートはめったに投げず(10%程度)、ほとんどが変化球という珍しいピッチャーである(但し、前述のシュートは変化球でありながらストレートと同程度の球速(140km/h中盤)をマークする)。ちなみにストレートはツーシームで打者は球が重く感じるという。制球力も良く、あまり大崩れするタイプではない。

最大の武器は荘勝雄コーチから伝授されたというキレ味鋭いシュート。小野晋吾の代名詞とも言える球種であり、シュートの使い手と呼ばれる投手の一人が彼である。シュートは一般的に肘の故障の原因になりやすいと言われており多投する投手は少ないが、彼自身は現在まで肘に大きな故障経験はない。

右投手であるが、一塁への素早い牽制球の技術には定評がある。

過去の怪我の影響からか、投球数に制限が設けられている(100球)。それでも一定回数しっかり試合を作ることが出来るのは、シュートを用いた打たせて捕る投球術によるところが大きい。特に、2006年シーズンは打者一人を打ち取るのに「平均3~4球」という驚異的な数字であった。

来歴
御殿場西高校時代に甲子園に出場。
1993年 ドラフト6巡目でロッテが指名したが「プロとしてやっていける自信がない」と発言し入団を一時拒否したが、水谷則博スカウトの必死の説得により入団。当時の背番号は63。
2000年
先発ローテーションに定着、4月23日から日曜日に11連勝し、かつてチームの先輩であり大投手の村田兆治が呼ばれた「サンデー兆治」に因んで「サンデー晋吾」と呼ばれる。6月には月間MVPに選出される。オールスターに選出され、長崎県営野球場で開催された第3戦に先発するが、清原和博(当時巨人)に本塁打を打たれ負け投手となった。この年、13勝5敗で最高勝率のタイトルを獲得。

2001年
背番号を63から、村田兆治がつけていた29に変更。4月8日にダイエー戦で93球で完封勝利を挙げる。しかし翌年以降は腰痛など故障に悩まされ、満足な成績が残せない期間が続いた。

2005年
先発、シーズン後半からは中継ぎとフル回転しシーズン10勝(先発で7勝)を挙げ、チーム31年ぶりのリーグ優勝・日本シリーズ制覇(日本一)に貢献した。

2006年
9月13日、楽天戦で5年ぶりの完封勝利。先発ローテーションを守り2001年以来の規定投球回到達。打線の援護に恵まれず7勝止まりながら1年間安定した投球を見せ、防御率2.66はリーグ5位であった。

2007年
4月20日の楽天戦から8月5日の日本ハム戦で勝利投手になるまで11試合先発していながら勝てずに苦しんだ事も響き、7勝に終わった。このシーズンも防御率3.25と安定しながら前年同様勝ち星に恵まれなかった。

2008年
故障もあり、6.50 5勝4敗と不本意な成績に終わった。

2009年
オープン戦では不調だったものの、シーズンに入ってからはローテーションを守り続け防御率3点台と復調して8勝をマーク。バレンタイン監督の配慮により10月3日の日本ハム戦では中継ぎで5イニングを投げちょうど3年ぶりの規定投球回に届き、「最低限の目標だったが、うれしい」とコメントした。この試合で清水直行も1イニングだけ投げて規定投球回に到達し、監督は「大きな努力を払ってきた2人にできるささやかなお礼」と述べている。

人物・エピソード
口数は少なく、落ち着いた性格である。試合中はポーカーフェイスで、自分が好投している際、味方打線の援護がなく負けてしまったときも「自分の責任」というコメントがほとんどである。起用法にも不満を漏らすことはなく、黙々と仕事をこなす。このような人柄面が評価され年俸が上積みされたことがある。
弟(小野亨)も東芝に所属していた野球選手。兄と同じ投手だが、弟は左投げである。彼も御殿場西高校時代からドラフト候補に挙げられたが、社会人では実績を残すことは出来なかった。
フジテレビジョンの番組で、アフリカのシェラレオネの現状を見てショックを受け、自らのブログにそのことを綴ったのがきっかけとなり、FNSチャリティキャンペーンに100万円の寄付を行った

タイトル・表彰
最高勝率 2000年 .722(13勝5敗)
月間MVP - 1回(2000年6月)

記録
初登板:1997年10月10日、対近鉄バファローズ27回戦(千葉マリンスタジアム)、5回表から救援登板
初奪三振:同上、7回表にフィル・クラークから
初勝利:1999年9月5日、対日本ハムファイターズ23回戦(東京ドーム)
初完投勝利:1999年9月12日、対オリックスブルーウェーブ23回戦(千葉マリンスタジアム)
初完封勝利:2000年5月7日、対オリックスブルーウェーブ8回戦(千葉マリンスタジアム)
初ホールド:2005年9月14日、対オリックスバファローズ20回戦(スカイマークスタジアム)
1000投球回数:2008年3月24日、対福岡ソフトバンクホークス1回戦(福岡Yahoo!Japanドーム)、5回裏に松中信彦を左飛併殺に打ち取り達成

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