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清水直行

清水 直行(しみず なおゆき、1975年11月24日 - )
千葉ロッテマリーンズに所属するプロ野球選手(投手)。
背番号は18。2007年度からのロッテ選手会長である。
球場の電光掲示板や週刊ベースボールなどでは「清水直」と表記されている。
これは本人が「そのほうが馴染みがあるから」としてのこと。
また、札幌ドームでの試合のとき、ウグイス嬢は「しみず」ではなく「しみずなお」とアナウンスする。
これは入団当時、清水将海(捕手。現中日ドラゴンズ)がいた名残りである。



来歴、人物
先発ローテーションの1人として2002年から2006年まで5年連続で規定投球回、2桁勝利を継続している。その安定した成績や統率力のある性格から、ロッテのエースというと彼を指し、メディアでもそのように紹介される。

1998年、 都市対抗および社会人野球日本選手権に出場。ともに登板機会なし。翌1999年 都市対抗2回戦で先発するが、満塁ホームランを浴びるなどしてノックアウト。この試合を最後に活動停止した東芝府中野球部最後の敗戦投手となる。逆指名で、ロッテに入団

2000年、4月1日ダイエー戦で初登板。5月4日大阪近鉄バファローズ戦で初先発・初勝利を挙げる。2002年に黒木知宏、小野晋吾がケガで離脱し、ネイサン・ミンチーの開幕当初の不調もあり、チームも開幕から11連敗と危機的状況に中継ぎ投手から先発投手に転向。プロ野球ワーストタイ記録の開幕12連敗を止める。この後ローテーションに入る。2003年、 初めてオールスター出場し、千葉マリンスタジアムでの2試合目の先発をするが敗戦投手となる。リーグ唯一の200イニングを登板する。2004年、初の開幕投手を務め、西武ライオンズの松坂大輔に投げ勝つ。アテネオリンピック野球日本代表にも選ばれギリシャ戦で先発。勝利投手になる。

2005年、開幕戦の東北楽天ゴールデンイーグルス戦に登板するが敗れ、楽天球団創立初公式戦での初白星を献上している。この年防御率はロッテの先発ローテーション投手中、最も悪かった。しかし、プレーオフ・日本シリーズでは見事なピッチングで勝利投手に。シーズン中は味方が4点以上援護した試合は10勝0敗、援護点が4点未満だった試合は0勝11敗という極端な成績であった。リーグ優勝の際、ビールかけ会場で挨拶の際に「今まで迷惑かけて……」と言葉を詰まらせ涙を拭く場面があった(その後は「嘘泣きです!」と明るく振る舞っていた)。日本シリーズ初戦の登板に際して、思い入れのある「戦」ユニではなく「誠」ユニを着用。第2戦に登板が予定されていた渡辺俊介と誠ユニとの相性が良いため、渡辺が誠ユニを着られるように必勝を期して選んだと伝えられる。チームはポストシーズン(プレーオフ・日本シリーズ・アジアシリーズ)のホームゲームでは全ての試合で誠ユニを着用し全勝した)。

2006年、ワールド・ベースボール・クラシックでは1次リーグ中国戦に登板しセーブを上げる。2次リーグアメリカ戦ではデレク・リーに同点本塁打を被弾する。9月2日のオリックス戦(京セラドーム大阪)の3回、カリム・ガルシアを空振り三振に打ち取り投球回数1000回を達成。シーズン最終戦の10月1日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦に登板し、1失点完投勝利して5年連続2桁勝利を達成。なお2桁勝利での1桁敗戦(10勝8敗)は初。さらに、年々悩まされてきた一発病も、この年は規定投球回に達した投手の中ではオリックス・バファローズのトム・デイビーと並んでリーグ最少の被本塁打9本と安定感を見せた。このオフ、10月から翌年3月までTBSラジオ系でプロ野球選手をオフ期間中パーソナリティに起用した番組『エキサイト・スタジアム』の木曜日を担当。

2007年、 3度目の開幕投手を務めるが4失点で6回途中で降板、その後も不安定な投球が続き、1年間ローテーションを守るも6勝止まり。シーズン連続2桁勝利は5年で止まった。特に優勝した北海道日本ハムファイターズに0勝4敗と相性が悪かった。

2008年、シーズン終了後には、同年にFA権を取得する清水に対して、阪神タイガースが獲得を検討するとの報道がなされたものの、残留するという形で、2009年の契約更改を行い、2年総額5億2000万円で合意した。1年目が2億4000万円、2年目が2億8000万円という年俸変動性のものであった。11月9日、那須野巧・斉藤俊雄両選手とのトレードで横浜ベイスターズへの移籍が発表された。2年目の年俸2億8000万円は横浜が支払うことになる。


プレースタイル
武器は最高初速150km/hを越えるストレート、140km/h弱で曲がる高速スライダー、スプリットフィンガード・ファストボールの3種。特にスプリットは、千葉マリンスタジアム独特の強風により魔球といえるような落差を見せることもある。また、あまり投げないがチェンジアップ、カーブなど持ち球は多い。いわゆる本格派であるが、奪三振は目立って多くはなく、打たせて取る投球も出来る、高いレベルでまとまった投球スタイルである。

2002年-2006年に5年連続2桁勝利。他の主戦級投手不在もあり、安定した活躍を続けたため次第にエースとしての認識が定着する。2002年-2006年のシーズンに連続2桁勝利を挙げているのは清水以外に井川慶(当時阪神タイガース)、石川雅規(ヤクルトスワローズ)のみである。現役投手の連続2桁勝利記録は1996年-2002年の7年連続の西口文也(西武ライオンズ)。

福岡ソフトバンクホークス戦を最も苦手としており、レギュラーシーズン2005年4月29日(福岡Yahoo!JAPANドーム)の勝ち星を最後に2007年7月1日(福岡Yahoo!JAPANドーム)の勝ち星まで実に9連敗(勝ち星つかずも含む)を喫していた。なお2005年のプレ-オフ第2ステージの第2戦では先発して勝利している。

表彰
月間MVP1回(2003年9月)
千葉市市民栄誉賞(2006年)
オールスター出場 - 2003年、2005年(共に監督推薦)

個人記録
初登板:2000年4月1日 対ダイエー戦(福岡ドーム)
初先発・初勝利:2000年5月4日 対大阪近鉄戦(千葉マリン)
初完投勝利:2000年7月11日 対大阪近鉄戦(大阪ドーム)
初完封勝利:2002年5月13日 対日本ハム戦(千葉マリン)
初奪三振:2000年4月1日 8回裏・柳田聖人内野手から(福岡ドーム)
1000投球回:2006年9月2日 対オリックス戦(京セラドーム大阪)
初安打:2007年6月8日 対横浜戦・高宮和也投手から(横浜スタジアム)
2004年アテネオリンピック日本代表
2006 ワールド・ベースボール・クラシック日本代表(2試合 0勝0敗1セーブ 防御率4.18 4 1/3回投球 6奪三振 自責点2)

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